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にて父親に離れ家督相続藩歩合引渡之席を命す
天保二年側役用人見習と為り翌年江戸藩邸詰之
命あり六年江戸におゐて用人奏者を兼ね爾来江戸藩
邸詰若くして立帰り江戸出府を命せらるゝ事数回あれも
勲績あり弘化三年大番頭と為り続いて側用人見
習ひと為翌年進んて側用人本役と為りそも翁は
書を学んて窺はさる所なしと雖とも専ら心を邦典に
登らめ壮年笈を負ふて江戸に遊ひ平田篤胤氏の門
に入従遊年あり喜んて尊王之説を主張す嘉永六年
六月北米合衆国之本師提督べㇽリー軍艦を統率し
相州浦賀港に来りて通商互市を要求す是を以て諸
属験族幕府列侯ニ命して海防を議す時に翁江
戸藩邸ニ在り水戸藩の枢臣藤田虎之助等と事を議
して在江戸当路之人就て以て諮詢するあれハ翁詳
かに判害得失を述べて遺す所なく其言皆肯緊に
申たる是より翁の名益々世に顕れ当下国事漸く多
端藩政また釐革せさるへからさるの運に際せり翁要路に
ありて藩主を補翼し庶政を整理す藩の兵制を
改革し銃炮を改良し藩地に 講武所を起し西医
術を拡張し洋学者を聘招する等凡て改革改良の事