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興つて尽力せさるなき同年七月藩翁を褒詞す曰く
今度異国船渡来之節御固御人数繰出方を始め不容易
骨折相勤御満足思召候同日再ひ褒詞あり曰く御役
義以来御武器之儀格別心配致被置候故今般御人数被差出
候ニ付ても御差支無之儀ハ全く兼々行届候故と御満悦に
思召候七年七月松本地方渋谷氏屋敷地内百坪を角
場として之を賜ひ居屋敷内へ角場を立業を修するを
許す安政三年猶此角場に添地を賜ひ下屋敷とせられ
四年勝見川下畑地の裏におゐて新たに下屋敷五百坪を
給ひ角場百坪を還さしむ皆翁の精勤を賞するなり
安政五年大将軍徳川家定公薨して世嗣なし営中の内議
中納言一橋慶喜君を立て嗣と為さんとするに傾しが翁
固より水戸藩藤田虎之助戸田銀二郎安嶋帯刀及び薩
藩有志の人々と交り深く互に相往来せり一日薩主中将公
今の正二位春嶽公大老井伊掃部頭の桜田邸ニ詣り
将軍家の世嗣并ニ関鏁の事を京師に奏問せん事を議
せしに其論おのつから経庭する所なるが如し帰路追手前
を過る時翁単騎にして馳せ寄り鞍に伏して曰今日水
戸老公尾州公の俄に東條登城せらると聞思ふに立嗣開鏁之
事件なるへし主公なんぞ其議に與らせ玉ハさる哉と