翻刻
【二十九頁右】
されど・我琉球は・爲朝公よりして・貴国の風俗(ふうぞく)に化(くは)し・義𣱛(ぎき)も
やゝ相おなじ・しかはあれども・小国のあさましさには・貴国へは彼国へ
往来することをはゞかり・彼国へは・貴国へ奉貢(ほうこう)することをいみ
かくす・しかる時は・今度貴国の人々と・同船(どうせん)するを見ば・
貴国にぞくして・往来することをさとりて・我々かいのち
のみかは・国のうれいをひきいだせることを・ひつじやうせり・さらんと
すれは・船そんじてのりがたし・のぼらんとすれは・國のうれいをま
ねく・前後道なし・いかゝはせんとなししつむ・八郎もことのむね
をきゝとゞけて。ことはりなるかなとしあんし・ひとつの謀(はかりこと)をめぐら
して・四人のものをさかやきそりて・衣裳をきせかへ・孝貴を孝八・
【二十九頁左】
伊久麻を伊之助・美里二を道次・耶古称を古助と・あらためて・
日本人にしたてければ・四人の者は・まことにきたいの良策(りやうさく)なる
かなと・こおどりしてよろこび・うちつれて上陸す・通辞(つうじ)来
りて漂着(ひようちやく)のいはれをきゝたゞし・食をすゝめ・水をおくりし
かは・二《割書:タ》月あまり水にかつへし人々なれば・なにかはもつてこらふ
べき・おの〳〵水二三升ほどをかたむけしと・それよりなんなく
帰國することを得たりとなん・《割書:此漂流の記は中国のことつばらにありて|西湖の景なんどまのあたりゆひさすが》
《割書:ことくにて太田蜀山の秘蔵なりしをたゞ琉球人の月代を|剃て明人をくらませしおかしさをつまみてこゝに載するのみ》
琉林雜話終 天保三年秋 杏花園蔵版