翻刻
【右丁】
【句点と思われる「・」を「。」にす。】
費文禕(ひぶんい)《割書:字子安》
道を好んで仙を得たり。偶(たま〳〵)江夏 辛(しん)氏の酒館(さかや)に行て酒をのむ。辛後 巨(おほ)き成 觴(さかづき)を与(あた)
へて飲(のま)しむ。明日又来る辛 彼(かれ)が索(もとめ)を待(また)ずして是に飲しむ。如此(かくごとく)すること数載(すさい)略(ほゞ)惜(おしむ)意(こゝろ)
なし。乃(いまし)辛に謂(いつ)て曰。多く酒銭(さかて)を負(おふ)今 少(すこし)く酬(むく)【酧は俗字】ふべしと。橘(みかん)の皮を取て壁(かべ)間に一の
鶴(つる)を画(ゑかい)て曰客来り飲(のむ)とき
但(たゝ)手を拍(はく)【左ルビ:うつ】して歌(うたは)
しめよ鶴
必ず下り
舞(まは)んと後
客来て飲時に
鶴果して蹁躚(へんせん)と
してまふ。回旋(めぐり)宛(ひる)
転(がへり)曲(ぎよく)音律(いんりつ)に
中(あた)る遠近 集(あつま)り
【左丁】
飲て是を観る十年を踰(こへ)て辛氏か 家へ
貲(たせ)【注】巨(こ)万なり一日 子安(しあん)来て所償(むくふところ)
何如(いかん)と問(とふ)辛氏
謝(しや)して曰先生の黄
鶴を画(ゑかく)に因て百倍を
獲(え)たり願くは謝(しや)せんと云
子安笑て曰何ぞ是が為(ため)に
来らんやと笛を
取て数(しは〳〵)弄ず
須臾(しはらく)にして白雪 空(そら)より下る画鶴
飛て子安が前に至る。遂(つい)に鶴 に跨(またが)り雲
に乗じて去る。辛氏其所に楼を建て
黄鶴楼(くはうくはくろう)と名く
【注 「たせ」の意味不明】