翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

火水風災雑輯. [2] - 翻刻

火水風災雑輯. [2] - ページ 21

ページ: 21

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【上段】 頃は嘉永七とらの十一月 五日六ツ半時よりしはい丁 へんよりしうかいたし山之し く六けん丁花川戸町木戸 ぎはより七八けんやける三ツ 又より聖天町丸やける と手のちてつやける山谷の はしとまる聖天よこ丁 より竹門百かんのう地内 かいん寺丸やけたぬきな かや焼るでんりういんめう とく寺やふの内丸やける 本所水戸さま上しんじ 小梅おぐらあんにてとま る松倉町とひしにてやける 七ツ半時しつまり人々あ んとのおもへおふし 【下段】 嘉永七寅年四月六日京都出火の事 禁裏御所の北方大宮御所の下官より出火致午の 上刻より辰巳風つよく内裏に火うつり諸御てん内侍所 紫宸殿等一時にもへ立此火御公家衆の御館にかゝり 北方は今出川通迄二条様残近衛様表門へ火うつり候■【処?】 薩州御手勢にて宜防候ゆへ御殿のこる依之北方は今出川 通東は仙洞御所寺町より西千本通迄此町数廿六丁 御公家衆方《割書:数多きゆへ|しるしがたし》御花畠閑院宮椹木丁通り九亀 御やしき類焼今日諸御大名方御手勢を以火を消候へども 火勢強く水戸様仙台其外備前様淀稲葉様丹羽 左京様其外御大名やしき廿六軒類焼此日御火消相働 候へ共何分大火にて六日の一夜焼通し二条御城所司代 御やしき向迄焼其中には堀川通姫路御やしきの北にて火 止り翌七日に猶西方へ火うつり此間の武家方あまた類 焼右六日より七日の未刻に火しづまり申候家数一万三 千五百軒類焼前代未聞の大火にてあらましを書印申候