翻刻
【上段】
京都出火ほ方角附
比ハ弘化三午年閏五月十九日夜酉ノ刻比
大北風はげしくあるゐハ東風を吹まぜ
そら一面にかきくもりすなをまきあけ
つちけむりを吹たて何となくものすごきおり
からばんま半しやう時の声人馬の足おとをび
たゝしくこハ何事やらんと人々おとろきたち出
見れバ寺町道りにしきこうじへんより出火
して風はげしけれハたちまち大火となり
あたかも天をこがすがごとく老若男女
親にわかれ子にわかれ諸道具等をもち出シ
四方にみち〳〵さんらんすさてそれより
ぎおんたび両町此へん不残西ハ寺町より
東がわまで焼比ハ錦こうじ両かわともやけ南
ハ四条道りあやのこうじ両かわ不残焼同二十日
午ノ刻烏丸にてやけとまることしかり
【下段】
夫人として孝なきハ人にあらす大坂大火
聞て親兄弟なけきあんつる事いか斗一時も早
くしらせんかため頃ハ弘化三丙午ノ年十一月二日子ノ
中刻ゟ西南風はけしく高砂廉橋辺ゟ出火
して仙波辺安土丁順慶町久太郎町
久宝寺町南本丁又一口ハ北ハ出納天満前
よりてん神裏門通り迄岩井町此内少々焼
残る南錦嶋広小路辺まで夫ゟいよ〳〵風
はけしく一口ハ堂嶋永木町松山船大工町
曽根崎まて焼る南新町車屋町かめ山丁
谷丁石丁京はし焼残る天満焼落る也
名メ丁残焼る久宝丁橋未吉橋焼落る也
材木丁和泉丁今橋辺あハじ丁道じ丁
此辺のこらす焼るなにハはしにてとまる
西本願寺とものこる也翌三日丑刻にてしつまる
よく〳〵人々安諸の思ひなしにけり是を
きくにつけ火之用心第一大切二いたすへき事