翻刻
「焼場方角附」 《割書:頃ハ嘉永四年亥の四月三日空一めん二もの|すごきおりから四ッ谷ひしや横丁へんより》
出火致し□雲寺横丁西かハ□善寺并寺々ハのこる東かハ御やしき様
方残らすやける舟板横町車内門よこ丁あらき横丁此へん
御やしきやける/忍(おし)町伝馬町三丁残らず焼ㇽ同一丁目玉ずしやの
うしろの方ハ松平肥後守様成瀬隼人正様松平
摂津守様御人数二而消止ㇽ新堀江丁大工甚助方ハ
松平摂津守様人数消止ㇽ北伊賀丁
御仮やよこ丁せり長根きぬ文ハへひ少々
やける北の方ハ両かハ残る福寿院よこ丁ふくしゆ
いんハ本堂ハ残る寺内少々やける秋葉様ハ
のこるおたんす町ハ
おもてうら中たんす
丁角太田孝庵様
半やけ因幡屋ハ本 大横丁通り
所深川消止ㇽ西の方ハ 七軒町二て止る
うら長家八けん程残 塩丁にてさつま
うらおたんす丁奥村 あ部さま本所深川
静吾様ハ一番組消了覚寺やける
やぐら二而消同北がハのこるこの所ハ一番組二番組本所深川二て
消留る麹町十二丁メ角ハ二番三ばん本所深川消なり四ッ谷御門水ゟ
竹丁傳馬丁一丁メ焼向ノ方西久保天徳寺門前替地木戸きハ一ばん二番消也
仲居町ハ残るいし和田様ゟ山口久庵様迄此へん御やしき様不残やけ麹町十三丁メ
新一丁メ西念寺よこ丁ハ「打こし長三郎様二て留さいねん寺を初寺三ヶ寺残る天王横丁
南いが丁焼本福院ハ三番組消口愛染院ハ本堂残る夫ゟ新屋敷
伊出様半焼岡部様下 辺見様ハ十番組消也
やしき不残焼南寺丁本 圓通寺やける祥山寺
正寺其外御やしき様やける 法蔵寺はのこるおし原
法恩寺二而留うら表さつ よこ丁山形様残る
ま丁組やしき御憲いなり
やける安養寺門前岡部様
やける永井様ハ三むね程
やける北山様ハ残ㇽ夫より
西ノ方諸星様御門ハ三番
組消坂本勝之進様やける近藤様ハ残ㇽ大番町組やしき四けん残
塩町三丁メハんとんいせや三番組けし留大木戸よこ丁小なわ様御門残る
多安様下やしき残る柳生さま下やしき少々焼同丁五番組三ヶ所消ス
六番組お組ハ一口消又一口ハ内藤新宿へ飛火二て下町さかみやつの国
いせや辰巳や同仲町台倉玉やまつや武蔵やいづや辰尾やおか田や
福嶋焼る大宗寺円摩様并本堂ハのこる辰岡や
三河や二而焼とまる此所ゟ成子人足并五ヶ所二て消有馬備前守
さま下やしき残る伊澤様御門斗やける同うら通り玉川御上水之橋
やけるて向新やしき小川銀次郎様初西ノ方ハけんやける森熊二郎様
二て留東の方辻番所内藤駿河守様下やしき七分通焼表御門と
【下側】
火の見ハ六ばん
組消留北がハ
丁や十けん程
残る玉川御上
水改場残る
又一口はさめかばし
仲丁龍王寺江飛火
二て夜六ッ半頃塩
丁一丁メ川岸二て
とまる人々
あんどの
おもひを
なしぬ