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コレクション: コレクション3

痘瘡かるくする傳 - 翻刻

痘瘡かるくする傳 - ページ 3

ページ: 3

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【右丁】 愚老(ぐらう)常々(つね〴〵)老牛(らうぎう)の無科(とがなく)して死地(しち)に落(おつ)るをいたはり養(やしなひ)置(おい)て 放生(はうじやう)する事 既(すで)に二十五ヶ年(ねん)に及(およ)べりされば此頃(このごろ)牛(うし)に霊妙(れいめう) ふしぎの大功(たいこう)あることを聞(き)く其ゆゑは五十 年(ねん)余(あま)り已前(いぜん) 西洋(おらんだ)にて《人物:イヽンネル》といふ大医(たいゐ)の感得(かんとく)より犢牛(うし)の痘瘡(はうさう)を 取(とつ)て人間(ひと)の臂(ひぢ)に引移(ひきうつし)種(うゆ)るに軽(かろ)くすること譬(たとふ)るにもの無(な)し 此(この)秘法(ひはふ)中華(もろこし)に専(もつぱ)ら弘(ひろ)まり引痘新法全書(いんとうしんはふせんしよ)と題号(だいがう)して 近年(きんねん)  皇国(につほん)に伝(つた)はり御医(ぎよい)《人物:高階大先生(たかしなだいせんせい)》この書(しよ)を 得(え)てその門人(もんしん)《人物:小山蓬洲(おやまはうしう)》に与(あた)ふ《人物:蓬洲(はうじう)先生》但馬(たじま)より 【左丁】 犢牛(うし)を買得(かひえ)て四条烏丸に養(かひ)おきその法(はふ)に倣(なら)ひて故郷(こきやう) 紀伊国(きのくに)の小児(せうに)を試(こゝろみ)るにいづれも軽(かろ)し実(じつ)に済世(さいせ)の良術(れうじゆつ) なりとて引痘新法全書(いんとうしんはふぜんしよ)を翻刻(ほんこく)せられけりしかるに当秋(たうあき) 渡来(とうらい)せし蘭医伯(らんいはく)《人物:モンニツキ》といふ人 真(しん)の牛痘(ぎうとう)を長崎(ながさき)に おゐて小児(せうに)に種初(うゑはじ)めその苗(なへ)を当地(たうち)《人物:日野老先生(ひのらうせんせい)》へ贈(おく)り来(きた)る 又(また)長崎(ながさき)《人物:楢林氏(ならばやしうぢ)》よりも《人物:赤沢先生(あかざはせんせい)》へ贈(おく)りきたりしに天(てん)の時(とき)至(いた)れるや 聞(きく)人(ひと)みな信(しん)じて種痘(うゑはうさう)を乞求(こひもと)め軽(かろ)き痘瘡(はうさう)する小児(せうに)数百人(すひやくにん)に 及(およ)べり因之(これによつて)人々(ひと〳〵)聞伝(きゝつた)へ先生家(せんせいか)の門前(もんぜん)に市(いち)をなせり此節(このせつ)漢蘭(かんらん) 両方(りやうはう)の医先生(いせんせい)みな随喜(ずいき)して知己(ちかづき)の家(いへ)に告(つげ)て軽痘(けいとう)を得(え)させ