翻刻
【右丁】
給ふこと挙(あげ)て数(かぞへ)がたし実(じつ)に仁術(じんじゆつ)の行(おこな)はるゝこと目(め)ざましき次第(しだい)なり
昔(むかし)より天行(はやり)痘瘡(ばうさう)にては美麗(うるはしき)の御方(おんかた)も忽(たちまち)変(へん)じて恐(おそろ)しき顔(かほ)ばせと
なり甚(はなはだ)しきは御血脈(ごけちみやく)を絶(たや)され給ふこと夥(おびたゝ)し将又(はたまた)年々(とし〳〵)小児(せうに)の命(いのち)を失(うしな)ふ
こと十人に六七人はみな悪痘(あくとう)の為(ため)なり然(しか)るに此(この)良術(りやうじゆつ)弘(ひろま)りなば已後(こののち)
天然痘(はやりばうさう)を待(まつ)こと有(ある)べからす全(まつたく)天地神明(てんちしんめい)の告知(つげし)らしめ給ふ御事(おんこと)
なるべし愚老(ぐらう)随喜(ずいき)のあまり此(この)事実(じじつ)を世上(せぜう)に告知(つげし)らしむ必(かならず)しも
此(この)良法(りやうはふ)を疑(うたが)ふことなく愛子(あいし)あらば京都(きやうと)に連(つ)れ来(きた)りて種痘(うゑばうさう)を
願(ねが)ひ悪痘(あしきはうさう)の憂(うれ)ひをまぬがれ無事(ぶじ)に成長(せいちやう)ならしめ給ふ
べしとすゝむる事しかり
【左丁】
御心得(おんこゝろえの)事
やがて諸国(しよこく)へ俗医(ぞくい)往(ゆき)て京都(きやうと)某(たれ)先生(せんせい)の門人(もんじん)などゝ偽(いつわ)りて
素人(しろと)を欺(あざむ)き能弁(のうべん)にまかせて富家(ふか)を訛(おびや)かし財(さい)を掠(かす)むる徒者(いたづらもの)
あるべし尤(もつとも)種痘(うゑはうさう)には真(しん)【左ルビ:まこと】仮(か)【左ルビ:うはべ】の見分(みわけ)あり此(この)鍳定(みさだめ)師伝(しでん)なくては
知(し)れがたく俗医(そくい)は是(これ)をしらざるゆゑ後(のち)に自然痘(はやりはうさう)の又(また)出(いづ)る事
有(ある)べければ深(ふか)く用心(ようじん)すべし返々(かへす〴〵)も能弁者(のうべんじや)に欺(あさむ)かれて眼前(がんぜん)に
財(ざい)を失(うしな)ひ後年(こうねん)天行痘(はやりはうさう)の出(いづ)るとき此(この)良術(れうじゆつ)を軽(かろ)しめ愚老(ぐらう)
までも恨(うら)み給はんことなからんがため兼(かね)て申 置(おく)なり