翻刻
【右丁】
(6)
【上段 写真】
重原弘法
【下段 文】
らす、最近郡衙の他に移転せらるゝ議
あり却て町民の覚醒を促かすの機運を
来せるものゝ如し。
知立神社 又池鯉鮒神社と称す、仲哀天
皇元年の創立に係り鸕鷀草葺不合尊、
彦火火出見尊、王依比売命、神倭磐余
彦尊の四神を祭る、延喜式内三河国二
十六座の一にして歴朝の崇敬浅からず
古来《振り仮名:蝮鼹鼠除の守札|○○○○○○○》を出し霊験殊に著
し、境内老樹多く鬱蒼として幽致あり
《振り仮名:就中多宝塔は明治四十年特別保護建造|○○○○○○○○○○○○○○○○○》
《振り仮名:物に編入|○○○○》せらる、毎年四月大祭日は近
【左丁】
【上段 文】
郷より参詣する者数万に上ると云ふ。
三弘法 知立町字上重原遍照院は弘仁
年間僧空海此地に錫を駐め説法するこ
と数年別れに莅み自ら像を刻んて遺せ
る所なり、後之を一里山及一ッ木に分
置し俗に三弘法と称し賽人常に絶へす
殊に陰暦二十一日は遠近の老若群集し
て雑沓を極む
八橋無量寿寺 知立本町より東北三十町
に在り、古来《振り仮名:在原業平朝臣の旧蹟|○○○○○○○○○》を以
て著はる、朝臣東下の途次此地を過き
りて杜若の咲けるを見「から衣着つゝ
【下段 下写真】八橋無量寿寺
(7)