翻刻
【右丁】
(8)
【上段写真】
引馬野
【下段 文】
馴れにしつましあればはる〴〵来ぬる
旅をしそおもふ」と詠したりしは夙に
人口に膾炙する所、《振り仮名:寺内尚ほ杜若を栽|○○○○○○○○》
《振り仮名:ゑ花時杖を曳く者頗多し|○○○○○○○○○○○》、朝臣の遺物
亦尠からす蔵せらる、蓋し三河第一の
勝蹟なり、茲より西方数丁、朝臣の杜
若姫に邂逅せりと称せらるゝ逢妻川あ
り白魚を以て名産とす。
引馬野 知立町の東端に在り、馬市の
起原詳ならすと雖其由来頗古く三才図
会に記さる、毎年六月三日遠近より馬
を牽き来り商売、顧客群集して市を成す
【左丁】
【上段 文】
明治大帝駐駅趾 八ッ橋の附近来迎寺に
在り、明治二十三年海陸聯合大演習を
挙行せらるゝや明治天皇親しく之を統
監し給ひ、駅を来迎寺学校に駐めて三
軍を閲し給へり、村民此無上の光栄に
感激し碑を建て以て遺烈を千載に伝ふ
碑面に刻する「錦旗千載駐余光」の七大
文字は則ち故有栖川熾仁親王の染筆に
係れり
刈谷町駅
【下段 写真】
先帝行幸趾
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