キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 46

ページ: 46

翻刻

 付候処に道春可ら逃候者共に逢申候然る處に親  惣左衛門声に而返せ〱と叫は里候を聞付其処江  参り捨りたる竹手把おつ取押立拙者兄弟  両人に而五六歳つ希申候其時右近鑓を提三四  人召連加希来り見事也付け候かと乍申猶も  走り行候間先此竹手把之可希へ御寄被成候得  与申内に新兵衛欠付右近をかひ込何迚け様之  小事に御出候成推量仕に可春手なと届せら  連引込御養生なさらんとの事に而御座候か  侍共不残討死仕多らん後は御命惜まれ満して  も供之者迄散々に叱り右近をさそひ立小  屋江供い堂し新兵衛は其侭又仕寄場へ  参候其後同心共取て返し仕寄十間斗付申  候此所之始終答江〆て居申候者は岸田七  右衛門同名惣左衛門両人に而御座候七右衛門は  爰に亭打連惣左衛門は左之?を鉄炮に而  打通され申候茂太夫市左衛門は惣左衛門  をかこひ引取申候事 尼草有馬原覚書曰十二月十三日に細川肥  後守幷 上使松平甚三郎殿牧野伝蔵殿