キリシタン関連史料を翻刻

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切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 80

ページ: 80

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 上を乗懸処に城内ゟ鉄炮三つ打懸け介連は  あ屋満たす三つな可ら甲に中りて塀ゟ下江  打落候大蔵目くら之息絶連共流石多免し実  之甲な連は裏江不抜瀬に命は助里候左近将  監精を出し自身采幣を振て惣軍混々と進候  へ共弓鉄炮石碌多之降如く来て阿た矢無様  に被打仕候間内膳(。被打殺目前に手負死人如山之)正も十蔵も是は余りふ事  之由に而再三軍使を立て左近将監軍法を不  守強働無詮事に候軍之大事は今日に不可限  候間本之陣に引取可被申由申遣候故左近人  数を備とひて本之陣江引取申候同巳刻斗迄  之間立花方討死十一人手負五十八人雑兵合  討死手負百八拾四人有之後陣之松倉手も奥  田左京与申者討死手負少々有之候 又曰同日鍋島勢壱万千千余人諌早豊前先陣に  而西之方松山を攻登候得共此所極て険難之  地に而一円難攀登候所城兵等必死に堅句里  弓鉄炮無透間打払々に哉大石小石を投懸打  ひしき相防候間鍋島茂悉く被打立終に不叶  本陣江引取候手負死人百余人有之候今日城