キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 85

ページ: 85

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 を以也 勇功記曰扨立花手之者は廿日之払暁に三之丸  之塀下江置多々と付て矢切を越しとする処  を城兵稠之鉄炮を打石弓を放ち懸けしかは  先手之隊長立花三左衛門其外十時吉兵衛佐  田清兵衛渡辺次郎右衛門綾部藤兵衛車田三  郎右衛門岡田久右衛門小野掃部等之名有者  廿八人討死を遂け手負三百八拾余人に及希     連は柳川勢終に堀際を引退く此時御目付中  ゟ松倉江軍使を立てら連立花を可被助与有  有け連は松倉家老岡本新兵衛は惣馴たる老  兵に而城之落間敷事を知ると云殊更立花乗  んとせら連し堀切之上は松倉仕寄先な連は  柳川勢跡をくふむへき様なけれは一向合力  せさりしと也斯けれは立花家中之手負死人  思々に引懸け忠郷之固通を引入けるに稲次  御前に在而申けるは十時か無用之功を貧て  能者を余多討せ候与申希連は主茂不便に思  召るゝ由を被仰かくて鍋島立花両家之軍勢  利非して悉小屋に引入しかは久留米勢も日