キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [4] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [4] - ページ 92

ページ: 92

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別当杢左衛門覚書曰十二月廿一日ゟ何連も陣  所能堅め竹把を寄鉄炮稠敷打懸日を送り申  候事  右之間に方々ゟ使者御座候其内有馬左衛門  佐殿御使者三井丹下山尾五左衛門主従廿人  程討死仕一両人相残申候事 勇功記曰廿一日之昼忠郷も日枝ゟ陣を被移去  候十九日 上使ゟ被渡たる小屋場を根小屋  として築山を築き仕寄を附て城を可攻結構  有り稲次攻口を見分して足入に箕之子を鋪  せ道を造しむ此所は泥浅に依而彼竹者しを  人々無用之事也と思ひ又最前松倉家老之面  々此辺に足入有といひたるも近比卒忽之事  也与御目付中にも御不審有と聞へしかは壱  彼密尓仁太夫に語云纔に水之湛たる処も大  勢之人数に被踏立而忽足入与成る者也然連  は進退に妨与成耳なら春両足泥にまみれて  は城乗茂悪しと思ひ急て道を作ら春也松倉  家老之岡本新兵衛もけ様之遠慮を廻して此  辺に足入有と申たるにや然るを卒忽与被仰