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翻刻
別当杢左衛門覚書曰十二月廿一日ゟ何連も陣
所能堅め竹把を寄鉄炮稠敷打懸日を送り申
候事
右之間に方々ゟ使者御座候其内有馬左衛門
佐殿御使者三井丹下山尾五左衛門主従廿人
程討死仕一両人相残申候事
勇功記曰廿一日之昼忠郷も日枝ゟ陣を被移去
候十九日 上使ゟ被渡たる小屋場を根小屋
として築山を築き仕寄を附て城を可攻結構
有り稲次攻口を見分して足入に箕之子を鋪
せ道を造しむ此所は泥浅に依而彼竹者しを
人々無用之事也と思ひ又最前松倉家老之面
々此辺に足入有といひたるも近比卒忽之事
也与御目付中にも御不審有と聞へしかは壱
彼密尓仁太夫に語云纔に水之湛たる処も大
勢之人数に被踏立而忽足入与成る者也然連
は進退に妨与成耳なら春両足泥にまみれて
は城乗茂悪しと思ひ急て道を作ら春也松倉
家老之岡本新兵衛もけ様之遠慮を廻して此
辺に足入有と申たるにや然るを卒忽与被仰