能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 11

ページ: 11

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此村礒平にて入口に有船を囲に手寄よて穴水へ近 しものことに勝手よきゆへ秋末は礒辺に大船のたへす 普請抔する也御収納蔵有其上あさまなる村といへ共 巡見上使泊り所にて源内といふ家居能き百姓有 是と浄土真宗妙末寺といふは本陣勤る也      あさまなる宿の寝覚に   宿馴ぬ■もうれし郭公 又新崎村は乙崎ゟ南へ壱里海へ指出る峠に有村なり 誠に閑静なる所にて塩師にて御塩蔵あり浄土 真宗壱ヶ寺あり此村に謙信塚とて一里塚の如き塚 あり古木の梅木一本あり折々此塚の内震動する 事有是信玄家臣有坂備中といふもの三崎へ船にて 渡り七尾の城搦手へ向へき手わけなりしに追手の 勢と手配りより早々着船し道々乱逆して 打取所の首塚也惣して此者の為に多の神社仏 閣失ふに此国に数をしらすかゝる悪逆無道なる 家来を持謙信の悪名残れることあさましき事也 此国へは謙信はつかうなし然者有坂塚ともいわす