翻刻
此村礒平にて入口に有船を囲に手寄よて穴水へ近
しものことに勝手よきゆへ秋末は礒辺に大船のたへす
普請抔する也御収納蔵有其上あさまなる村といへ共
巡見上使泊り所にて源内といふ家居能き百姓有
是と浄土真宗妙末寺といふは本陣勤る也
あさまなる宿の寝覚に
宿馴ぬ■もうれし郭公
又新崎村は乙崎ゟ南へ壱里海へ指出る峠に有村なり
誠に閑静なる所にて塩師にて御塩蔵あり浄土
真宗壱ヶ寺あり此村に謙信塚とて一里塚の如き塚
あり古木の梅木一本あり折々此塚の内震動する
事有是信玄家臣有坂備中といふもの三崎へ船にて
渡り七尾の城搦手へ向へき手わけなりしに追手の
勢と手配りより早々着船し道々乱逆して
打取所の首塚也惣して此者の為に多の神社仏
閣失ふに此国に数をしらすかゝる悪逆無道なる
家来を持謙信の悪名残れることあさましき事也
此国へは謙信はつかうなし然者有坂塚ともいわす