能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 3

ページ: 3

翻刻

本坊は岩車村辺にありしと云へたり七堂伽藍の地にて 不動崎に不動堂あり神明ヶ端は鎮守神明宮有薬師 堂大師塚坊の跡を千期抔とてあり廿一社の山王宮あ る也今六所権現の地に七社山王社に七社岩車村に 七社あり日吉廿一社の三ヶ所共大社にて崇徳院の勅願 所にて度々勅使論旨抔有て美摩那彦美摩 那比咩の神社両郡習交の惣社なりしによつて日吉 山安養寺と別当たりといへり今此御神号は穴水に ありいかにや兵乱に安養寺も廿一社の大社多くの衆徒 神主も退転して三里に末院ありしも改宗有安養 寺の寺号も浄土真宗穴水法性寺の懸所となり岩車 村にあり其後今の中居の地は久敷あれ地になりて有し に同郡櫛比の総持寺に東天和尚とて貴き禅師まし ませしに有夜禅師座禅の折から何国ともなく女性 壱人来りて授戒を願ふ禅師宣ふは汝か正躰をあら わさはさすけんと有けれは我は此山一つあなた成 入口に住むものとて千尋の大蛇と成失にけり 師跡を尋て此所に来り給ひて一宇建立有臥雲