能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 40

ページ: 40

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此村年貢未進して一村船にのり行方なく退転せし也 越後の国へ渡り今も小浦といふて塩焼有といへり惣し て此嶌の路は人気の■に■等和なり然共近くは金沢 ゟ流人有之物毎にかしこくなり今は所口の者も手こ りする程也      此嶋の路の旅寝に    風のいる戸に明方や浦千鳥 又所口近在に藤橋村といふに山岸といふ百姓有蓮如上 人の筆の物伝へて毎年三月五日弘めあり在江村の 浄土真宗の栄林寺に聖徳太子の霊像あり又国府村 の高井といふに金谷水とて名水有是は所口岩屋の 水の■といへり脇に獅子ヶ端とて獅子に似たる岩 ある也又在江村に実盛の塚とて古塚有言誤りにや武 部村に古館氏十村役あり      所口ゟ弐里拾七町本馬八拾弐文軽尻五十文人足  二ノ宮      四十弐文家数百四拾軒計あり 此村天日陰姫の神社立給ふ則二ノ宮大明神といふ神主船 木氏也其昔天子に唖(ヲシ)の姫宮ありしか此石動山へ籠り