翻刻
此村年貢未進して一村船にのり行方なく退転せし也
越後の国へ渡り今も小浦といふて塩焼有といへり惣し
て此嶌の路は人気の■に■等和なり然共近くは金沢
ゟ流人有之物毎にかしこくなり今は所口の者も手こ
りする程也
此嶋の路の旅寝に
風のいる戸に明方や浦千鳥
又所口近在に藤橋村といふに山岸といふ百姓有蓮如上
人の筆の物伝へて毎年三月五日弘めあり在江村の
浄土真宗の栄林寺に聖徳太子の霊像あり又国府村
の高井といふに金谷水とて名水有是は所口岩屋の
水の■といへり脇に獅子ヶ端とて獅子に似たる岩
ある也又在江村に実盛の塚とて古塚有言誤りにや武
部村に古館氏十村役あり
所口ゟ弐里拾七町本馬八拾弐文軽尻五十文人足
二ノ宮
四十弐文家数百四拾軒計あり
此村天日陰姫の神社立給ふ則二ノ宮大明神といふ神主船
木氏也其昔天子に唖(ヲシ)の姫宮ありしか此石動山へ籠り