翻刻
給ひしを祭り奉りし御神躰なり
又北左衛門加賀左衛門とて日像上人帰依して馬場本道寺の
開基旦那の筋目有又利家公石動山御責の時打死の塚
有又二ノ宮川とて有往来に長拾間の橋有川上は石動
山より壱筋芹川村山ゟ壱筋流て下は川尻川といふ
て田鶴浜の海へ入る也
又石動山は二ノ宮ゟ壱里半登る也一国第一の高嶺也昔此
山は天より星落て石となる天漢石と号す今講堂
の前にあり開山泰澄大師養老二年登山以前は此名
ゆるきて山震動してあれしによつて石動山といへり
本社五社権現は伊須流岐比古神社是也大宮は伊弉
伊弉冉の両命也火の宮は大物命釼の宮は市木嶋
命梅の宮天目箇命也五神五社也ほ本地虚空蔵
十一面観音正観音大聖不動倶利伽羅不動の五尊也
倭漢三才図会等に出たり天智天皇勅願所養老
年中の草創開山泰澄大師は越ノ大徳とて姓は
三神越前麻生津ノ人母は伊野氏父は安角と云母
夢に白玉入懐る有_レ孕白鳳十一年六月十一日生る十四才の