翻刻
通院といひし也其昔瑩山和尚行脚の折此堂に夜明
し給ふに観音の告にて登山ありし也此堂ゟは寺へ
拾丁有其時は教院の地なりしに山神ありて此山を和
尚にあたへけれは此所に一宇結ひ住給ひしに和尚の
徳行四方に響てほとなく大寺と也勅命勅使等度
々なりしに然所中頃兵乱に炎上して今は其十の
一つもなくなりし也参内綸旨転衣等の事も皆此寺
にありしを当寺四世俄(ガ)山和尚惣持寺へ移し給ふて
今莫太の違心也俄山和尚は惣持寺にては二世当時
にては四世なり併し今も諸堂建並て寺領弐千石
開山地にして勅使橋抔あり宝物品々あり中にも
禁裏ゟ御預の魔 夫の御骨あり是は天子の姫宮禅
尼の此寺を帰依あり山上ありし御遺物の由此尼君は
此山大旦那にして色々伝へ有五一宗五開山の骨あり俄山
和尚の梵俗の時盗賊たりし血刀女の髪等有其外
略す又拾丁山奥に瑩山和尚の座禅石あり名石なり
五開山の塚有羅漢向樹とて大木あり境内に十境有
瑩山和尚の待頌あり略す爰に十境一躰の待頌を