能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 48

ページ: 48

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通院といひし也其昔瑩山和尚行脚の折此堂に夜明 し給ふに観音の告にて登山ありし也此堂ゟは寺へ 拾丁有其時は教院の地なりしに山神ありて此山を和 尚にあたへけれは此所に一宇結ひ住給ひしに和尚の 徳行四方に響てほとなく大寺と也勅命勅使等度 々なりしに然所中頃兵乱に炎上して今は其十の 一つもなくなりし也参内綸旨転衣等の事も皆此寺 にありしを当寺四世俄(ガ)山和尚惣持寺へ移し給ふて 今莫太の違心也俄山和尚は惣持寺にては二世当時 にては四世なり併し今も諸堂建並て寺領弐千石 開山地にして勅使橋抔あり宝物品々あり中にも 禁裏ゟ御預の魔 夫の御骨あり是は天子の姫宮禅 尼の此寺を帰依あり山上ありし御遺物の由此尼君は 此山大旦那にして色々伝へ有五一宗五開山の骨あり俄山 和尚の梵俗の時盗賊たりし血刀女の髪等有其外 略す又拾丁山奥に瑩山和尚の座禅石あり名石なり 五開山の塚有羅漢向樹とて大木あり境内に十境有 瑩山和尚の待頌あり略す爰に十境一躰の待頌を