能登半島の資料を翻刻!

コレクション: SHOSHO「能登」

能登名跡誌 - 翻刻

能登名跡誌 - ページ 8

ページ: 8

翻刻

     中居より壱里壱町本馬四十九文軽尻  七海  廿九文人足拾五文上七海下七海と別れて      家数六拾軒計 上七海は私領也下七海は公領にて入海の奥にあり 其入江〳〵の有様谷川の流れ礒部の風景言語に も断【絶?】したるなかめ也        海山にあきはてもせて詠哉 又往来に城ヶ端とて廓跡あり足ヶ峠とて 古戦場有又穴水は七海ゟ拾九丁有入海の奥に有 之此穴水公領にて家数三百軒有町中に長拾間余 の橋有川の南を大町といふ北を川嶌町といふ此川 の源は荒屋村奥山より流れ又一筋は唐川村奥山 富木山境依ゟ流て此町の後にて合流す商家多く 繁昌也毎月二ノ日三才の市有湊は余程の船着し 売買の便り有て公領一の広き所也大町の庄屋は 宮の森といへり河嶋の庄屋は池田永斎とて長家へ 忠勤の者の筋目也橋爪に関寺といふ者方に弘法 ゟ伝へし五香湯有産後に吉し  何にても