翻刻
六
自見の著書は以上であるが、此処に煙霞綺談なる書がある。豊橋市教育会の教士教育資料展覧会出
品目録には之を自見の著としてあるけれどさうではない。併し関係がないわけでもない。
宝暦十四年に出板された市井雑談集の巻尾に「雑談集後篇近日出来」とある。がこの予告された後
篇はすぐには出なかつた。明和元年に上梓された雑説嚢話は如何なるわけか雑談集後篇となつてゐ
ない。が翁の後輩に西村白鳥なる人があつた。遠州の出身で若年諸国を周遊し、後新井白蛾の門に
遊んだ人であるが、明和七年春の一日、吉田なる翁の家を訪ねて来た。
「時に鳥子懐中より一帙を出し見せしむ。其書や嚮に語りたることゞもを交へ其余珍説奇談を記。
愛すべきものなりけり。予前きに市井雑談集を篇次す。其後編の志あれど未だ不果。庶幾は此書
を以て彼の書に続かば前篇も亦光価を増さんものか云々。」(煙霞綺談、自見の序文)
かくして翁としては後篇を著さず、西村の煙霞綺談の校合のみをなし、安永二年晩秋梓に上して以
て雑談集の後篇に代へたのであつた。煙霞綺談は日本随筆大成第一期第二巻に収載されてゐる。
(解説終)
序
世有_下号_二吉田城主記_一者_上。然閲_レ之其所_レ載攻戦年月城主得替之序次繽紛而謬訛不_レ少也。予嘗雖_レ有_下欲_レ識_二往事_一
之志_上、正史湮滅而不_レ伝。則何以為_レ徴乎。於_レ是諸家所_二騰【謄?】蔵_一之記録抽_二繹之_一或所_レ行_二於世_一之軍書等攟_二摭之_一、
且自_二往昔_一至_下伝為_二口碑_一之事蹟_上、不_レ観_二自譾陋_一捜_二索夫本源_一妄参較而寖駮_二載其挭概_一以為_二篇次_一焉。間亦疑不_レ審
者附_二記側_一贅_二巻尾_一聊備_二後考_一矣。儻若有_二同志者_一削_レ錯補_レ缼完_二全之_一則幸甚也。
旹寛延三庚午年九月
三陽吉田 林氏正森
法名性岳自見記