翻刻
四
自見は更に安永四年夏「三河刪補松」、同八年に「世諺辨畧」を著したが、彼の晩年は優游自適の生活で
あつた。「一室を後園に設けて書を読み古を楽しみ、時至れば郊外に杖を曳きて月に■【口に甬。誦?】し花に吟じ逍遥
間【閑?】歩心の適く所に従ふ。」とは知友烟霞楼木村坥【坦?】之が、世諺辨畧の序に云つてゐる言である。
かくの如くにして自見は老を楽しんで居たが、天明七年四月廿五日、遂に九十二歳の高寿を以て歿し
たのであつた。
(三)
次に三州吉田記を除く他の自見の著書の簡単なる解題を試みる。
○ 市井雑談集。
半紙本上中下三冊。宝暦十四申孟春、京洛書肆寺町通二条下ル町野田弥兵衛、二条通冨小路
西へ入町野田藤八梓。
「茲歳癸未、自分は既に耄齢に近く日々門戸を閉して一室に呆坐し、二三の小兒を相手に
市井の雑事、天地の奇異、其他何くれとなく談じてゐた所、一兒之を録して一冊子とな
した。依つてその重復を刪し、魯魚を正し、之を市井雑談集と題して上梓する。」
の意を序して(原漢文)、本書の由来を説明してゐる。
○ 雑説嚢話。
半紙本上下二巻の内、上巻を一冊、下巻を本末二冊に分冊す。明和元年 申季秋日の自序□
り。同年十二月浪華書肆高麗橋一丁目星文堂浅野弥兵衛出板。我国の事蹟、又は諸書に記
しもれた名所物産靈異等を和漢の諸史雑記より摘録して自己の考按を附記したるものであ
る。日本随筆大成第二期第四巻に収載す。
○ 三河刪補松。
写本天地二巻。
本書は元文六年、長山村の佐野監物外数氏に依つて編纂された三河二葉松に就き自見が補
正したもので純然たる著書ではない。植田義方の考訂、更に長篠村の医師阿部玄喜の加訂
を経て安永四年孟夏に成り、義方の跋文をも載せてゐる。
本書には板本なく、三州吉田記同様写本でのみ行はれたものであるが、近時之が刊行の企あ
りと聞く。
○ 世諺辨略。
半紙本四冊。安永八年十一月吉日、平安書林寺町通二條下ル町野田弥兵衛、二條通冨小路西へ入
町野田藤八及び東武書林江戸日本橋南二丁目野田七兵衛刊。
内容に就いてはその自序に、
「今茲に家童等の請ひによつて庸常茶話に係る所の文莫鄙訶の世諺を捃摭し其需に応ず。
時に剞劂氏乞ひて鏤梓せんと云ふ云々。」
と云つてゐる。
五