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翻刻
二四八
ありますが、これも殆んど破壊された横穴式の古墳でした。
法住寺 はこの大塚村赤根にありまして、こゝの千手観音像は
昭和七年国宝に指定されてゐます。明治の初年伊勢から貰つて来た
とかいはれ、高さ五尺八寸からある立派なものです。藤原末期の作
で、処々に菊丸紋や亀甲繋などの截金模様が残り、手法は多少繊弱
な感はありますが兎に角立派な仏像です。
養円寺 は同村相楽にあります。もと保国山全福寺の塔頭十二
院の一だといひますがこれだけが残つたものでせう。その全福寺は
例の行基が神亀年中に開創したと伝へる寺で、建久の頃安達盛長が
頼朝の命で造営したといふ三河七御堂の一つです。
後の御堂山に観音堂がありまして、こゝに全福寺の本尊であつた
といふ十一面観音像が安置してあります。高さ五尺二寸、寺伝では
行基の作となつてゐますが相当な出来です。記録などから見ますと
全福寺の名よりはこの御堂山観音の方が多く現はれ、それだけに人
にも多く知られてゐます。養円寺にある宝国山記一巻と宝円山養円
寺記一巻は余り古いものではありませんが、この全福寺の来歴を物
語つて居ものです。
三谷町 は大塚村の西に当る県下有数の漁港でありまして、其
東方の突出した岬の上に乃木公園があります。此処には乃木将軍の
石像が三河湾を睥んで立つて居られます。三谷は和名抄の美養郷に
当る処で、其海岸は三谷浜といひまして古来歌の名所として有名で
す。近年この浜辺へ後撰和歌集にある清原元輔の歌、
「みやはまのいさごのこすなわが君の
たからのくらひかぞへみむかし」
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