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翻刻
七六
てゐます。
指笠町にはもと光明寺、観音寺、願成寺の三ヶ寺がありましたが何
れも他へ移転致しまして、今眼星しいものは東三玉糸製造同業組合
の建物だけです。次が魚町で中央に
安海熊野神社 があります。この社は保延三年の創立で、以前札
木町にありましたのを池田輝政の時此処に遷したといひます。祭神
は伊弉諾尊外八柱で、毎年六月の七、八日に行はれる例祭にはこの
能楽殿で狂言やお能の奉納があつて有名です。祭礼能を奉納して居
る処は本社と南設楽郡新城町にあるだけですが、何れも余程古い歴
史があり、道具など非常な逸品です。之を比較しますならば装束は
新城のが優り、面はこゝのが優れて居ると云はれ、昭和八年三越の
展覧会へ出陳した時には新城の衣裳三点に壱万円、こゝの面三ッに
壱万円の保険をつけた程で、この面の作者は河内、赤鶴、龍右衛門
など国宝級のものです。
この社にはもと清水寺と云ふ社僧寺があつたといひますが、確な事
は分りません。魚市場は今は位置も組織も変つて居りますが、古く
は本社の境内で開かれたもので、これは慶長七年に伊奈備前守忠次
が神社維持の方法として渥美郡一帯で獲れた魚を此処で売買させ二
分の運上を取る特権を与へ、其変りに漁船共の海上安全を怠らず御
祈祷するやうにとの事でした、安海の名はこれから起きたものかと
思ひます。
この魚町は市内一流の商店街で、化粧品問屋の片野商店、紙類問屋
の杉本屋、鰹節問屋の瀧崎商店、そから竹輪の山サ商店、青乾物の
山安商店などは豊橋に於ける代表的商人といつてよいでせう。其片
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