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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - 翻刻

東三河道中記 : 豊橋市及其附近案内 - ページ 80

ページ: 80

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                        一五六 それを後世誤つて行在所を設けられた処だなどゝ申します。この附 近には上皇に関した伝説が到る処にあります。此町の杉森八幡宮は このとき勧請したお宮といふ事になつて居り、神鳳抄に見える赤坂 御園は此所だともいはれて居ります。 正法寺   は町の中央にありまして、聖徳太子の開創だと伝へ、 弘仁七年箱根金剛王院の万巻上人が此処で歿したともいひます。寺 宝の関白双紙は豊臣秀次の最後を描いたもので、曽ては天覧に供し た事もあり、東三河では代表的美術品でせう。外にも色々名画を所 蔵されてゐます。 長福寺   はその東隣りでこゝは昔国司の大江定基と恋を語つた 力寿姫の父宮路の長者の屋敷址といはれてゐます。寺中の観音堂に ある高さ六尺の聖観音木像は甚だ立派なもので、外に力寿姫の墓と 伝へる女郎石といふもあります。  これから先はおよそ一里ある長沢村を通り本宿村へ出ます。そこ  には家康と関係の深かつた法蔵寺があつて見るべきものも少くあ  りませんが、巳【已の誤植か】に額田郡で西三河に属しますから省略し、次回は  豊川、鳳来寺方面の事を申上げる事にしてこれで擱筆致します。                            早々                         一五七