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【上段枠右】
第三《割書:〇小川町筋ゝ 駿河台|〇小石川御門内 飯田丁》
神田橋外はいたみうすく小川丁通りへ入崩多く
水道橋通り稲葉長門守様土屋采女正様此辺
そんじ多く〇【家紋】野州足利一万千石 戸田大炊頭様表長家計焼る
〇信州高遠三万三千石 内藤駿河守様やけ表門長家のこるそれより
向角田中様のこる〇下総佐倉十一万石 堀田備中守様大いにやける
半井出雲守様やける溝口八十五郎佐藤金之丞
伏屋大久保柘植様やける依田様一軒のこる
神(かん)織部様荒川曽我近藤青木本多新見様
までやける夫より河内小林佐藤様やける又裏神保
小路は間下長坂寺嶋荒井様迄やける一ツ橋通りは
明楽(アケラ)雨森大岡様のこる表神保小路は定火消
御屋敷やける又〇ゑちごたか田十五万石 榊原式部大輔様半分やける
裏御門より向〇すん州田中四万石 本多豊後守様半分焼る戸田
加賀守様やける西南の角少しのこる 鷲巣淡路守様
やけて長谷川荒井二軒共表がは残る山本様少しとて
やけ留る又一ト口は雉子橋通り小川丁本郷丹後守様
やける一ツ橋通りは〇丹波かめ山 五万石 松平豊前守様やける塙(はなは)宗悦
様やける又渡辺様一色様やける又小石川御内は
〇いよ今治二万五千石 松平駿河守様此辺小やしき五六軒やける本間
様半やけにてとまる此辺すべて潰れ多し小石川御門より
西の方少しそんじするが台無事也飯田町辺俎ばし辺
少しいたみ番丁は多分のことなし牛込は改代町大崩也
【上段枠左】
第四《割書:〇日本橋より北〇神田辺〇外神田|〇両国辺柳原〇濱丁辺〇本郷辺》
日本橋北室丁小田原丁魚かし辺は格別のことなし
釘店より一石橋辺本丁がし通少しいたみするが丁
三井見せ無事也尤何方も土蔵は皆ふるひ
申候本町通りつよく大傳馬丁崩多し堀留
小舟丁堀江丁も土蔵不残ふるふ小網丁大崩れなり
富沢丁人形丁通り芳丁辺崩多くかきがら丁より大橋辺
大いにふるふ濱丁〇すん州沼づ五万石 水野出羽守様御中屋敷やける
此辺ゟ矢の倉いたみ両国辺馬喰丁は格別のいたみなし
豊嶋丁辺ゆるやかにて東神田は小柳丁平永丁お玉が池
辺大いに崩れ筋違より日本橋通り丁〻崩多し又
西神田蔵のみ崩家は格別のことなし鎌くらかし辺
三河丁辺少し崩るゝ今川橋川岸通いたむ處
多し柳原通り土手下辺崩所〻也尤去年
類焼場所はさしかけ仮屋等多分にて崩少し
猶又新しき普請の家にも建方あしきは
損亡多く土蔵ふるひ候事おびたゞしく
▲新シ橋外佐久間町辺崩少し御成道通り又
金沢丁はたご丁明神下辺すべて崩多く昌平ばし
外少し崩れゆしま一丁めよりお茶の水本郷辺まで
崩少なし尤本郷は麹室崩る所あり菊坂下田町は
大いに崩るゝ傘谷は下町そんじ切通上は少しにて
湯島天神門前崩所〻也三組丁崩恋妻稲荷無事也
【下段枠右】
第八 本所一圓 東両国辺
本所一ツ目相生町松坂丁辺崩多く二ツ目緑町より
出火壱丁目弐丁目やける三丁めのこり四丁目五丁め三ツ目
花町少しやけ是にて留る又向川岸徳右衛門町壱丁め
二丁目やける三丁目はのこる夫より柳原茅場丁辺四ツ目
辺余程いたむ鐘の下長崎丁辺南割下水辺津軽樣辺
亀沢町小泉丁横網丁回向院前皆所〻崩る御竹蔵
辺大川端御屋敷多分の事なし法恩寺橋きは町家少し
やける此辺少し崩多く亀戸町天神橋向二ケ所焼る
柳島押上辺所〻いたみつよく小梅瓦丁辺中の郷
松倉丁辺北割下水辺崩多し荒井丁ぬけ弁天
牛御前おかりや辺やける石原番場共大いに崩れ
潰家多し多田の藥師別当所潰る所本所之
寺院町家共つぶれ多し太子堂潰る東橋向
松平周防様下屋敷壱軒やける竹町大根がしより
まくら橋辺いたみ少し三園の土長の手大いにわれる
向島は少しツヽ所〻いたむ
附 今戸橋場
橋場真先崩多く銭座やける今戸は
橋際より家十軒斗やける此辺崩おほし
【下段枠左】
第九《割書:〇御船蔵前 高橋筋 佃島まやかし丁|霊岸島 永代橋》
御船蔵前町より八名川丁六間堀神明門前南森下
常磐丁〇小笠原佐渡守様下やしき〇太田摂津守様中
屋敷にて焼留る此辺都て崩多し又扇橋より北源川西丁半丁余やける
小名木川通上下共崩多し又清住丁大崩れいせ崎丁やける寺丁通
少しにて三角富久丁潰る和倉本所代地やける又一ト口は永代より入口
松川丁熊井丁諸丁北川町黒江丁大島丁中島丁はまぐり丁永代寺
門前山本丁仲丁右何れ潰候上焼失す八幡宮御別条なく三十
三間堂木場辺少しツヽ崩所〻也▲大橋ぎは御籾蔵少しやける深川元丁
大崩也大はし向間部がし稲荷(とうか)堀(ほり)箱さき北新川共崩多し
霊岸島塩丁片側やける南新堀半丁程やける大川端町はま丁やける
都合二丁余也越前様きはにて焼留る霊岸島多分崩所多し
鉄砲洲は〇松平淡路守様やける其外御やしき潰れ多く前町
二丁程やける都而もえ立時は三十余ケ所相見へ候得共五ヶ所三ヶ所ツヽ一所
になり廿七八か所に相成申候是に書加へさる所土蔵のみ崩候分は町名を
しるさす誠に広大なる事筆紙につくしかたく候間実事のみを記ス
●御府内四里四方は往古八百余丁なりしが今新地代地門前を加へて
五千七百七十余丁也但し里数にして百五十九り六十二町なり
其外東海道筋は戸塚限り神奈川崩多く本枚金沢浦賀辺迄
●中山道は高崎辺かぎり蕨より大宮宿迄崩所〻也●日光道宇都宮限
街道筋いたみつよく●水戸街道は松戸牛久土浦迄●甲州道は八王子
限り葛西二合半はゆれつよく行徳船橋辺甚しくゆすると也あくれば
翌三日朝五ツ半過諸方共しづまり人〻安堵のおもひをなしぬ
【枠外】
地震除 宮様之御歌 むねは八ツもんは九ツ戸【はひとつ】身はいさなきの神の子にこそ
これを家にはりおけば
ぢしんにう□はなく