賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 53

ページ: 53

翻刻

此御代すへて五度の行幸也 近衛(〽[朱] )院久安元年十二月四日甲辰御代はしめの行幸也 此御代三ヶ度行幸なりける 同院(〽[朱] )御代に左少将藤原の実重と云ける人年来賀茂 社に詣て蔵人にならぬ事を歎き侍りけるを二千三百 度にもあまりける時貴ふねに詣てゝはしらに書付ける  今まてになとしつむらんきふね川かはかりはやき神 をたのむにかくて後なん程なく蔵人に成侍りけると《割書:云| 々》 後白(〽[朱] )川院保元々年四月廿五日《割書:丙| 申》賀茂社行幸あり 二條(〽[朱] )院永暦元年八月廿七日《割書:壬| 申》御代始賀茂行幸 ありて此御代に五ヶ度行幸ありける 高倉(〽[朱] )院嘉応元年八月廿九日◦(賀茂[朱])行幸此御代五ヶ度也◦(ぬ[朱]) 賀茂(〽[朱] )皇太神の霊験あらたなる事とも書たる記に云 皇太后宮大夫俊成卿若かりしより賀茂御神に ふかく祈申されしは我和哥の道にかなひ子孫まてに此 道をつたへ世にほまれある冥助を垂かさせ給へと 祈り奉る志他事なしと年比参詣怠なかりしか 殊千日のあゆみをはこひて念し申されけれは願 のことくその名雲井に高くして嫡男定家卿は父 に超て中納言に昇り孫為家卿は大納言まて昇