賀茂社関係文書翻刻プロジェクト

コレクション: 賀茂社記録

賀茂社記録. 第1冊 - 翻刻

賀茂社記録. 第1冊 - ページ 52

ページ: 52

翻刻

祠官いかに◦(と)もせんすへなくて時うつり観念し心をし つめ居たりける程に眠頻に催されて或社司の夢に 康季か参くるをまたせ給ふてひらかぬよしを告給ひ ける驚覚て氏人をさしつかはし迎にけれは康季 岸上に居けるをいさとてゐてまいりけるにそのまゝ 御戸ひらかれ給ひにける康季かく神慮に叶ひける故にや さもありかたき大夫 ̄ノ尉に近康々綱以下四代まて うちつゝきてなりにき此外季範季頼季実 季国等六代まても此康季か子孫にて皆此昇進 を遂たりけるは他家にありかたき事也 崇徳(〽[朱] )院天治二年十月廿七日御代始の行幸あり 崇徳(〽[朱] )院御宇天承の比太上皇賀茂社御幸なりて 御鞠ありしに◦(賀茂[朱])成平縣主うけ給りあげ鞠つかうまつりし時かくよめる  しめの内のみゆきに袖をかさしつゝ名をあけまりをけふしつる哉 保延(〽[朱] )五年五月一日祈雨の幣を貴ふねに奉らる其宣 命は大内記 儒(〃 )門の博士なと◦(皆)故障ありて作 ̄ル事あたは されはその時の上卿少内記 相承(スケチカ)か作代にして《振り仮名:かゝれ|書給ひ[朱]》【「かゝれ」の左「ヽヽヽ」は朱書】けるか 必神感あるへきよし自讃し給ひけるにはたして 三日雨おひたゝしく降たりけるとなん◦(宣命の作文神感有けるにこそ[朱])宣命は事 なかけれはもらしつ同年十月二日己酉行幸ありけり