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祠官いかに◦(と)もせんすへなくて時うつり観念し心をし
つめ居たりける程に眠頻に催されて或社司の夢に
康季か参くるをまたせ給ふてひらかぬよしを告給ひ
ける驚覚て氏人をさしつかはし迎にけれは康季
岸上に居けるをいさとてゐてまいりけるにそのまゝ
御戸ひらかれ給ひにける康季かく神慮に叶ひける故にや
さもありかたき大夫 ̄ノ尉に近康々綱以下四代まて
うちつゝきてなりにき此外季範季頼季実
季国等六代まても此康季か子孫にて皆此昇進
を遂たりけるは他家にありかたき事也
崇徳(〽[朱] )院天治二年十月廿七日御代始の行幸あり
崇徳(〽[朱] )院御宇天承の比太上皇賀茂社御幸なりて
御鞠ありしに◦(賀茂[朱])成平縣主うけ給りあげ鞠つかうまつりし時かくよめる
しめの内のみゆきに袖をかさしつゝ名をあけまりをけふしつる哉
保延(〽[朱] )五年五月一日祈雨の幣を貴ふねに奉らる其宣
命は大内記 儒(〃 )門の博士なと◦(皆)故障ありて作 ̄ル事あたは
されはその時の上卿少内記 相承(スケチカ)か作代にして《振り仮名:かゝれ|書給ひ[朱]》【「かゝれ」の左「ヽヽヽ」は朱書】けるか
必神感あるへきよし自讃し給ひけるにはたして
三日雨おひたゝしく降たりけるとなん◦(宣命の作文神感有けるにこそ[朱])宣命は事
なかけれはもらしつ同年十月二日己酉行幸ありけり