翻刻
【右丁】
おやなくたよりなく成まゝに。もろ共にいふかひなくて《振り仮名:あらんやはとて|あらんやはとて有けるか又かうちの国た》
《振り仮名:かうちの国たかやすの|かやすに男行かよふ所いてきにける也》こほりにいきかよふ所出きにけりさりけれと
此もとの女。あしと思へるけしきもなくて。出しやりければ。男こと心有
て。かゝるにやあらんと。思ひうたがひて。せんざいの中(ナカ)にかくれゐて。
かうちへいぬるかほにて見れば。此女いとよう《振り仮名:けさうじて|身をつくろふて也》。うちながめて
《割書:古今》風ふけばおきつしらなみたつた山よはにや君がひとりこゆらん
とよみけるを聞て。かぎりなくかなしと思ひて《振り仮名:かうちへもいかず|(なりひらかなしく思ひてなり》成に
けり。まれ〳〵かのたかやすにきて見れば。はじめこそ心にくゝも
《振り仮名:つくりけれ|(かたちをつくる也》。今はうちとけて。手づから《振り仮名:いゐがひ|(めしもるかひ》とりて。けごのうつは物に
もりけるを見て。《振り仮名:心うがりて|(男見かきる也》。いかず成にけり。さりければ《振り仮名:かの女|(高安の女》。大和の方を見やりて
《割書:新古今》君があたり見つゝをゝらんいこま山くもなかくしそ雨はふるとも
といひて。見いだすに。《振り仮名:からうして|(やう〳〵として也 》。《振り仮名:やまと人|(なりひら也》こんといへり。よろこびてま
つに。たび〳〵すぎぬれば
【左丁】
君こんといひし夜ごとに過ぬればたのまぬものゝこひつゝぞふる
といひけれど。《振り仮名:おとこすまずな|(なりひら高やすへゆかぬ也》りにけり
(廿四) 昔。男。かたゐなかにすみけり。男みやづかへしにとて。わかれおし
みて行にけるまゝに。みとせこざりければ。待わびたりけるに。《振り仮名:いと念|(又外の男也》
比にいひける人に。こよひあはんとちぎりたりけるに。《振り仮名:此おとこ|(なりひら也》きたり
けり。此戸あけ給へとたゝきけれど。あけで哥をなんよみて。出したりける
あら玉のとしのみとせをまちわびてたゞこよひこそにゐ枕すれ
と。いひ出したりければ
あづさゆみまゆみつきゆみとしをへて我せし《振り仮名:かごと|(如ク云也》《振り仮名:うるは|(忠の字也》しみせよ
と。いひて。いなんとしければ女
あづさゆみひけどひかねどむかしより心は君によりにしものを
といひけれど。男かへりにけり。女いとかなしくて。《振り仮名:しりに|(うしろにたて也》立てをひゆけど。
えをひつかで。しみつの有所にふしにけり。そこ成ける岩に。《振り仮名:をよひ|(小ゆび也》のちして書付ける