翻刻
【右丁】
此女いと久しく有て。《振り仮名:ねんじわびてに|(のちにかんにんしかねたる也》やありけん。いひをこせたる
今はとてわするゝくさのたねをだに人の心にまかせずもがな
かへし
わすれぐさうふとだにきくものならば思ひけりとはしりもしなまし
また〳〵ありしより《振り仮名:けにいひかはし|勝の字也むかしよりまさりて也》て。おとこ
忘るらんと思ふ心のうたがひにありしより《振り仮名:けに物ぞかな|(みのしすみてよむべし》しき
かへし
なかぞらに立ゐるくものあともなく身のはかなくも成にけるかな
とはいひけれど。《振り仮名:をのがよゝになりけれ|(りべつしてをのかよゝになりければ也》ば。うとくなりにけり
(廿二) むかし。《振り仮名:はかなくて|(何のふしもなくて也》たえにける中。猶や忘れざりけん。女のもとより
うきながら人をばえしも忘れねばかつうらみつゝなをぞこひしき
といへりければ。《振り仮名:さればよといひ|(されは其ことよといひて也》ておとこ
あひ見ては心ひとつをかはしまの水のながれてたえじとぞ思ふ
【左丁】
《振り仮名:とはいひけれど。|哥にはゆくすゑのやうにいひけれと也》其夜《振り仮名:いにけ|いきにけり也》り。いにしへゆくさきのことどもなどいひて
秋の夜のちよを一よになぞらへてやちよ《振り仮名:しね|(助字也》ばやあく時のあらん
かへし
秋のよのちよを一よになせりともことばのこりて鳥やなきなん
いにしへよりも。あはれにてなんかよひける
(廿三) むかし。ゐなかわたらひしける人の子ども。井のもとに出てあそ
びけるを。おとなになりにければ。《振り仮名:男も|(なりひら也》《振り仮名:女もはぢ|(有つねいもと也》かはして有ければ。男
は此女をこそえめと思ふ。女は此おとこをと思ひつゝ。《振り仮名:おやのあはすれ|(こと男にあはせんとすれ共也》
どもきかでなん有ける。扨《振り仮名:となり|(なりひら也》の男のもとより。かくなん
つゝゐづゝ【ママ】にゐづゝに《振り仮名:かけしま|(かげくらへし也》ろがたけ過にけらしないも見ざるまに
かへし
くらべこしふりわけがみもかた過ぬ君ならずしてたれか《振り仮名:あぐへき |《割書:(男女のかみをゆひそめ|(てふうふのやくそくとす》》
などいひ〳〵て。つゐに《振り仮名:ほい|(本意也》のごとくあひにけり。扨としごろふる程に。女