翻刻
【表紙見返し】
伊勢物語叙由
此物語古人の説々おなしからす然共業平の自記と見え
たり其故は業平うゐかふりの朝より終焉の夕迄一生のことをしるし
其中二条の后にかよひ伊勢の斎宮にあひしこと是等は埋木の人
しれぬことを書顕はし又我身をかたいおきなと云哥のことはしら
さりけり又よむ哥のきたなけさよと卑下の詞是業平の自
記うたかひなきもの也其上朱雀院のぬりこめに業平自筆の
本有とかや就中此物語の中仁和の帝芹河行幸のことをしるし
旦行平の哥を載其外万葉集の哥を載たれは業平自
記と斗も決しかたししかれはもと業平自記有しに後又書
加へて作物語となしたる也是を以てあなかちに其作名をもと
めす只詞の花をもてあそふへしと定家卿意ふ尤殊勝の事也
業平誕生は人皇五十三代淳和天皇天長二年四月一日奈良の
京に生元服は五十四代仁明天皇承和七年三月十一日十六歳逝去
は五十七代陽成院元慶四年五月廿八日五十六歳也
┌─大江音人
├─在原行平
桓武天皇───平城天皇───阿保親王─┼─在原守平
├─在原仲平
業平母は伊豆内親王桓武天皇第八皇女 └─在原業平
【左丁】
《割書:昔ときりて男とよむべし。毎段かくのことし》
㊀ むかし。男うゐ((元服也)かうふりして。ならの京。かすがの里に しるよ((知行所なり)し
して。かりに(狩に行なり)いにけり。其さとに い((最)と な((媚)まめいたる女。はらか(兄弟也同胞 )らすみ
けり。此男((なりひら也)かいま((垣間見也 )見て け(・)り。おもほ((思の外也 )えずふるさとにいと はした(つきなくにあはぬ心也)
なくて有ければこゝち まどひに((あきれたる心也)けり。《振り仮名:男のきたりけるかりぎぬ|(いそきなる時かきやるべき物もなければ也》
のすそをきりて。哥をかきてやる。其男しのぶずりのかり衣をなん
きたりける
《割書:新古今》
春日のゝ わかむ((草の名也 )らさきのすり衣しのぶのみだれかぎりしられず
《割書:句を切へし》
となん。 おひつきて((なりひらを尋て也 )いひやりける。ついておもしろきことゞもや((取あへす古哥を取なをして返しにしたるとの伝者の詞也)。思ひけん
《割書:古今 河原大臣融公哥也》
みちのくのしのぶもぢずりたれゆへにみだれそめにし我ならなくに
《割書:古哥の心はわが心のみたれたるはそなた故にみたるゝ也今の心にはそなたの心の|みたれたるはわれ故にてはあるまし人たかへにて有へしと取なをしたるこゝろ也》
といふ哥の心ばへなり。むかし人は。かく いちはやき((逸早也きてんのはやき心也)みやびをなんしける
㊁ むかし。おとこ。有けり。ならの京ははなれ。此《振り仮名:京は人|(平安城なり》の家まださだ
まらざりける時に。《振り仮名:西の|(長岡也》京に女有けり。其女。世 ̄ノ人には まされ((かたち也 )りけり。
其人かたちより((かたちより心をいへり)は。心なんまさりたりける。ひとりの((ぬし有こと也 )みもあらざりけらし。