翻刻
【右丁】
それをかの 《振り仮名:まめお|(なりひら也》とこ。《振り仮名:うちもの|(あひかたらひて也》がたらひて帰りきていかゞ思ひけん。
時は 《振り仮名:やよひ|(三月也》のついたち。雨そ ぼ(ヲ)ぶるにやりける
《割書:古今》おきもせずねもせで夜をあかしては春のものとてながめくらしつ
(三) 昔。おとこ。有けり。《振り仮名:けざう|(懸想也》 じ(ス)ける女のもとに。《振り仮名:ひじき|(鹿尾藻也》もといふ物をやるとやるとて
《振り仮名:思ひあらばむぐら|(思ひなき身にてあらは也》の宿(ヤド)にねもしなん《振り仮名:ひしき|(引しくなり》ものには袖をしつゝも
二条の后(キサキ)の。まだ《振り仮名:みかど|(淳和帝》にも。つかうまつり給はで。たゞ人(ウト)にておはしける。時のこと
(四) むかし。東(ヒンカシ)の五条に。《振り仮名:おほきさいの宮|(染殿后也清和の母后》。おはしましける。西のたいに《振り仮名:すむ人|(二条の后也》
有けり。それを《振り仮名:ほいにはあ|(思のまゝにはあらで也》らで。《振り仮名:心ざしふかゝり|(たかひに心さし斗ふかき也》ける人。行とふらひけるを。む月
の十日斗の程に。《振り仮名:外にかくれにけ|通ふ男有故女をかくしてあはせぬ也》り。有所は聞ど。人の行かよふべき所
にもあらざりければなを《振り仮名:うし|(物うし也》と思ひ《振り仮名:つゝなん|(程をへたる心也》有ける。《振り仮名:又の年|(あくるとし也》のむ月に
梅の花ざかりに。こぞをこひていきて。たちて《振り仮名:み。ゐてみ見れど。こぞに|(みはてにて也見るにはあらずたゝたちつゐつ也みれどもみ分かつ心也》
にるべくもあらず。うち《振り仮名:なきて|(かなしみて也》あばらなるいたじきに。月のかたふくまでに
をりて。こぞをおもひ出てよめる
【左丁】
《割書:古今》月やあらぬ春やむかしの春ならぬわふが身ひとつはもとの身にして
と よみ(ン)て夜のほの〴〵と明るに。なく〳〵かへりにけり
(五) 昔。男有けり。《振り仮名:東の五条わたり|ヒンカシ二条后の御所也》にいと忍びていきけり。《振り仮名:みそかなる|(ひそかにしのふてなれば也》
所なればかどよりもえいらで。わらはべのふみあけたる。つい ひ(ン)ちのくづれより
かよひけり。《振り仮名:人しげくもあら|(人のみるめしけくもあらねと也》ねど。たびかさなりけレ場。《振り仮名:あるじ|(染殿后也》聞つけて。
其かよひぢに。夜ごとに人をすへて。まもらせければ。いけどもえあはでか
へりけり。さてよめる
《割書:古今》《振り仮名:人しれぬ我かよひぢ|(わかため斗にすへたるせきなれは人のしらぬせき也》のせきもりはよひ〳〵ごとにうちもねなゝん
とよめりければ。《振り仮名:いといたう心やみけり。|(染殿后なりひらをあはれかりていたはらせ給ふ也》あるじ((染殿后也)ゆるしてがり。二条の
后に忍びて参りけるを。よのきこえありければ。せうと((あに御たち也)たちの
まもらせ給ひけるとぞ
(六) むかし。おとこ有けり。女の《振り仮名:えうまじかりける|(えがたき也二条后たゝ人にてまします也》を。年をへて
《振り仮名:よばひ|いひかよふ也》わたりけるを。《振り仮名:からうじて|(心をつくしてなり》ぬすみ出て。いとくらきに きけり((行けり也)。