翻刻
【右丁】
れは疱瘡(ほうさう)には物音(ものおと)静(しつか)なるをよしとして大音罵詈(おほこゑにしかり)打話大笑(おほこゑにわらふこと)を忌(い)
むべし然(しか)るに《振り仮名:国々浦々|くに うら 》にては痘者(ほうさうにん)の耳元(みゝもと)にて鈴(れい)錫杖(しやくじやう)螺貝(ほらがひ)を吹鳴(ふきならし)
し大音声(たいおんじやう)に祈祷(きとう)するもあり凡(およそ)痘(ほうさう)の一/症(やまひ)は静(しつか)なるを好(この)み躁(さわか)しき
を嫌(きら)ふ故(ゆゑ)に若(もし)物音(ものおと)などに驚(おとろ)くときは驚搐(きやうふう)といふ病(やまひ)をなし順(じゆん)なる
ものも逆(ぎやく)に変(かはる)る事(こと)掌(てのうら)をかへすよりもはやし慎(つゝし)むべし〳〵
続古事談(そくこじたん)第(だひ)五に疱瘡(ほうさう)は新羅国(しんらこく)に始(はしま)り築紫(ちくし)に来(きた)れりとみゆ
続日本紀(そくにほんきに)曰/天平(てんへい)七年/時候(じかう)穏(おたや)かならず夏(なつ)より秋(あき)に及(およ)ひて天下(よのなか)
豌豆瘡(えんとうさう)を患(わつら)ふもの多(おほ)し俗(そく)に裳瘡(もがさ)といふ又(また)天平(てんへい)九年の春(はる)疫瘡(えきさう)大(おほ)
ひに流行(はや)れり始(はし)め築紫(ちくし)より来(きた)り夏(なつ)より秋(あき)に至(いた)りて公卿(くきやう)以下(いか)
庶民(しも〳〵)百姓/相継(つゝ)ひて此(この)厄(やく)に嬰(うく)るもの夥(おひたゝ)しとなり本朝世記(ほんてうせいき)を稽(かんか)ふ
【左丁】
るに曰
聖武皇帝(せようむてんわう)の御宇(おんとき)に蕃国(ばんこく)より疱瘡(ほうさう)来(き[た])りて天下(よのなか)此難(このやまひ)に逢(あふ)ふもの甚(はなはた)多(おほ)#1
し世(よ)の人(ひと)異病(たゝならぬやまひ)と称(とな)へて別居(へつや)を造(つく)りて山野(やまの)に捨(すて)おき喪(も)に居(を)る
人の如(こと)くするが故(ゆゑ)に喪瘡(もがさ)といふとなり然(しか)らば疱瘡(ほうさう)の名(な)を呼(よ)ひ始(はし)め
しは天平(てんへい)の頃(ころ)なりしや
聖武皇帝の御時より凡(およそ)千二百年/余(あまり)の今(いま)に及(およ)べり又(また)唐土(もろこし)の歴史(れきし)を稽(かんか)#1
ふるに前漢(せんかん)武帝(ぶてい)の時(とき)張騫(てうけん)といふ人(ひと)西域(せひいき)に使(つかひ)して此(この)病(やまひ)を伝染(うつ)りてよ
り中国(もろこし)に流布(はや)るとて時(とき)の人/虜瘡(りよさう)と呼(よひ)しとなり此(この)時(とき)我(わか) 邦(くに)
開化天皇(かひくはてんわう)三十六年にあたれり余(われ)思(おも)ふに上古(ふかきむかし)の事は茫(ばう)然として詳(つまひ)らかな#1
らずといへども古代(むかしよ)の人(ひと)は精(せい)を積(つ)み神(しん)を全(まつと)ふするが故(ゆゑ)に病(やま)ひすくな