翻刻
【右丁上段】
たてわたしてはなやかにうれしげなる
こそ又あはれなれ◯何がしとかやいひし
世すて”人の。此世のほだしもたらぬ身に
たゞ空の名残(なごり)のみぞおしきといひしこそ
まことにさも覚えぬべけれ。よろづの事は
月見るにこそ慰(なぐさ)む物なれ。ある人の月計
おもしろき物はあらじといひしに又ひとり
露(つゆ)こそあはれなれとあらそひしこそ笑(をか)
しけれ。折にふれば何かはあはれならざらん
月花は更(さら)なり風のみこそ人に心はつく
めれ。岩(いわ)にくだけて清(きよ)く流(なが)るゝ。水のけ
しきこそ時をもわかずめでたけれ。沅湘(けんしやう)
日夜(にちや)東(ひがし)に流(なが)れ去(さる)。愁人(しうじん)のためにとゞまる
事。しばらく時もせずといへる詩を見侍し
こそ哀(あはれ)なりしが嵆康(けいがう)も山沢(さんたく)にあそびて
魚鳥(ぎよてう)を見ればこゝろたのしむといへり。
人とをく。水草きよき所にさまよひ
ありきたるばかり。心なぐさむことは
あらじ。何事もふるき世のみぞしたは
しきものあらじとぞ思ひ侍るなり
【右丁下段】
【見出し】さわらび【源氏香の図 注①】【見出し語上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む】
此巻は哥と詞とをもつて名
とする也。かほる廿四歳あげ
まきの次(つぎ)の巻也。宮のたのみおほしめして。
念仏(ねんぶつ)などにもこもりてうせ給ふときまでも。
をはしましたりしひじりのばうよりは。
中の君のあね君にをくれ給ひて。たゞひとりおは
しけるに。春のはじめに。わらびつく〴〵しを
かごにいれて。たてまつるとて。ひじりの哥
〽君にとてあまたのはるをつみしかど。つねを
わすれぬはつわらびなり。この心は。み(うぢ)やの
をはしましし時の嘉例(かれい)にまいらする程(ほど)に。
それをわすれずして。いまもまいらするとの心。
あまたの春をつむとはわらびつく〴〵しなどの
ゑん也◯姫君御かへし〽このはかは。たれにか見
せんなき人の。かたみにつめるみねのさわらび。
この心は。宮あね君などのましまさねばわが
身のかたみとみるばかりなりとのこゝろなり。
かたみとはかごのことをいへり。つらゆきの哥
行てみぬ。人もしのへとはるの野の。かたみに
つめるわかななりけり。これもかごの事なり
【注① 図が違っている。正しくは右から三、四本目が上で繋がっていない。】
【左丁上段】
【見出し】月のから名(な)づくし【見出し語の上部左右の角に飾り鉤かっこを付け全体を▢で囲む。】
正月【上下左右の角に飾り鉤かっこを付け▢で囲む。以下月名の所は同じ。】青陽(せいやう) 端月(たんげつ) 陬月(むつき)【注②】
初春(しよしゆん) 太郎月(たらうづき) 二月 夾鐘(けうしやう)
如月(きさらき) 仲春(ちうしゆん) 令月(れいけつ) 陽中(やうちう)
三月 弥生(やよひ) 花月(くわけつ) 晩春(ばんしゆん)
桃月(たうげつ) 暮陽(ぼやう) 四月 麦秋(ばくしう)
孟夏(もうか) 梅月(ばいげつ) 純陽(じゆんやう) 卯月(うづき)
五月 星火(せいくわ) 皐月(さつき) 仲夏(ちうか)
景風(けいふう) 雨月(うげつ) 六月 葉月(ようげつ)
旦月(たんげつ) 林鐘(りんしやう) 季夏(きか) 水無月(みなづき)
七月 文月(ふみづき) 涼月(りやうげつ) 夷則(いぞく)
初秋(しよしう) 七夕月(たなはたつき) 八月 南呂(なんりよ)
清月(せいげつ) 迎寒(かうかん)【注④】 王秋(わうしう) 仲月(ちうげつ)
九月 菊月(きくづき) 無射(ふえき) 季秋(きしう)
暮秋(ぼしう) 長月(ながづき) 十月 陽月(やうげつ)
玄英(げんよう) 初冬(しよとう) 応鐘(おうしやう) 神無月(かみなつき)
十一月 霜月(さうげつ)【左ルビ:しもつき】 仲冬(ちうとう) 子月(しげつ)
長寒(ちやうかん) 陽復(やうふく) 十二月 臘月(らうげつ)
大呂(たいりよ) 極月(ごくげつ) 季冬(しはす)《割書:師|走》 弟月(をとつき)【左ルビ:けいげつ 注③】
元三(ぐはんざん) 節句(せつく) 端午(たんご) 七夕(たなばた) 名月(めいけつ)
【注② 日本語よみになっている。正しくは「スウゲツ」。】
【注③ 「けいげつ」は「桂月」「禊月」の字が考えられ、前者は陰暦八月、後者は陰暦三月のそれぞれ異称。なので、疑問。】
【注④ 「げいかん」とあるところ】
【左丁下段】
宿木(やどりき)
やどり
きと
おもひ
出(いで)
ずは
この
もと
の
たび
ねも
いかに
さびし
からまし