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翻刻
【柱】古今巻一 十六
恐(ヲソレ)《割書:美(ミ)》恐(ヲソレ)《割書:美(ミ)|毛(モ)》申給(マフシタマ)《割書:波(ハ)|久(ク)》申(マフス)
保延(ホウエン)五年五月一日 作者内記文屋相永(サクシヤナイキフンヤノスケナガ)
隆覚法印保延(りうがくほうゐんほうえん)五年に興福寺別当(こうぶくしへつたう)に成たり気(け)るを
衆徒用(しゆともち)ひざりければ隆覚いかりをなして数(す)百/騎(き)の軍(ぐん)
兵(びやう)をおこして十一月九日三/方(ばう)より興福寺をうちかこみて
げり隆覚が方の兵(つはもの)寺中へみだれいらんとする間合戦に
及て隆覚が方の軍兵多く命(いのち)をうしなひけり廿よ人は
生取(いけどり)にせられにけり隆覚衆徒の項(くび)を切て御寺(みてら)を焼うし
なふべきよし下知したりければにや隆覚が兵の中に放火(はうくは)の
ぐを持(もち)たる物有けり寺の外(ほか)の小家一二/宇焼(うやき)たりけれども