翻刻!地震・災害史料

コレクション: NDL地震・火山

地震災書留 2巻. [1] 内表紙に「地震災書留 安政二卯年 但本所深川御用屋敷地代免除調」とあり - 翻刻

地震災書留 2巻. [1] 内表紙に「地震災書留 安政二卯年 但本所深川御用屋敷地代免除調」とあり - ページ 142

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 家より失火あり八時過津浪ありて  房総人馬多く死す由川一はい差引  四度あり此時より数度地震あり相州  小田原は分ておひたゝしく死亡の者  二千三百人小田原より品川迄壱万五千人  房州十万人江戸三万七千余人《割書:内廿九日火災の|時両国橋にて》  《割書:死るもの千七百三十九人と|いへり》なりし由ものにしるせり  此時深川卅三間堂覆る廿四日夜より  雨ふり明方に及てゆり止む其後十二日迄  ふるふ事しは〳〵也   国つ神千代の岩をもゆりすゑて     うこかぬ御代のためし○にそ引              中院通茂卿【注】 十一月廿九日夜大風本郷追分より出火して谷中迄 焼又小石川より出火して北風に成上のゆしま 天神聖堂筋違橋向柳原浅草茅町南は 神田より伝馬町小泉町堀留小網町本所へ飛 回向院の辺深川永代橋迄両国橋西の方半分 【中院通茂は江戸時代の公卿・歌人、一七一〇年享年八〇歳(ウィキペディア)】