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コレクション: コレクション2

麻疹養生伝 - 翻刻

麻疹養生伝 - ページ 5

ページ: 5

翻刻

   麻疹(はしか)之来由 ○痘瘡(はうそう)麻疹(はしか)ともむかしは曽(かつ)てなし此故に内経(ないけう)に載(のせ)ず後(ご) 漢(かん)の張仲景(ちやうちうけい)も又これを論(ろん)ぜず魏(ぎ)より以来/病論(びやうろん)あり といへども薬方(やくはう)なしたま〳〵唐(とう)の孫真(そんしん)人はじめて疱(はう) 瘡(そう)の治(ぢ)方を出せども麻疹のことはいまだあらず ○或書に曰/推古(すいこ)天皇三十四年日本/穀作(こくさく)実(み)のらず 是によりて三/韓(かん)より米粟(へいぞく)百七十 艘(そう)を調進(てうしん)しける その船/浪花(なには)につく船の中に三人の少年 瘡疹(さうしん)を なやむものあり異形者(ゐぎやうのもの)蔭(かげ)のごとくその病者どもに 付そひゐたりけるゆへ側(かたはら)のものあやしみその名を問(と)ふ にかのものども答(こた)へてわれ〳〵は疫神(ゑきじん)の徒(と)なり瘡疹(そうしん) の病(やま)ひをつかさどるものにしてもとは此病をうけて 死(しゝ)たるものどもなるが今 疫神(ゑきじん)となりてこの病者に付 こゝにわたれり傷(いたま)しきかな今よりして此/国(くに)の人もまた これを患(うれふ)るべしと言おわりて形(かたち)消(きへ)うせたるがそれよりして 日本に瘡疹の病あるといへり然(しかれ)ども恐(おそ)らくは此疫神