翻刻
麻疹(はしか)之来由
○痘瘡(はうそう)麻疹(はしか)ともむかしは曽(かつ)てなし此故に内経(ないけう)に載(のせ)ず後(ご)
漢(かん)の張仲景(ちやうちうけい)も又これを論(ろん)ぜず魏(ぎ)より以来/病論(びやうろん)あり
といへども薬方(やくはう)なしたま〳〵唐(とう)の孫真(そんしん)人はじめて疱(はう)
瘡(そう)の治(ぢ)方を出せども麻疹のことはいまだあらず
○或書に曰/推古(すいこ)天皇三十四年日本/穀作(こくさく)実(み)のらず
是によりて三/韓(かん)より米粟(へいぞく)百七十 艘(そう)を調進(てうしん)しける
その船/浪花(なには)につく船の中に三人の少年 瘡疹(さうしん)を
なやむものあり異形者(ゐぎやうのもの)蔭(かげ)のごとくその病者どもに
付そひゐたりけるゆへ側(かたはら)のものあやしみその名を問(と)ふ
にかのものども答(こた)へてわれ〳〵は疫神(ゑきじん)の徒(と)なり瘡疹(そうしん)
の病(やま)ひをつかさどるものにしてもとは此病をうけて
死(しゝ)たるものどもなるが今 疫神(ゑきじん)となりてこの病者に付
こゝにわたれり傷(いたま)しきかな今よりして此/国(くに)の人もまた
これを患(うれふ)るべしと言おわりて形(かたち)消(きへ)うせたるがそれよりして
日本に瘡疹の病あるといへり然(しかれ)ども恐(おそ)らくは此疫神