翻刻
【右丁】
として今猶(いまなほ)当寺(たうじ)に附属(ふぞく)せりと云《割書:道興(たうこう)准后(じゆこう)の回国(くわいこく)雑記(ざつき)に所沢(ところさは)なる|観音寺(くわんおんじ)にてさゝえとり出したると》
《割書:あるは当寺(たうじ)|の事ならん》什宝(じうはう)に新田家(につたけ)寄附(きふ)の鞍(くら)あり黒漆(うるし)を以(もつ)て塗(ぬり)たる上(うえ)に
中黒(なかくろ)の紋(もん)を描画(まきゑ)にす
東光山(とうくわうさん)薬王寺(やくわうじ) 自昌院(じしやうゐん)と号(がう)す同所 北(きた)の横(よこ)小路(こうじ)を入(いり)て裏通(うらとほ)り道(みち)
より向(むか)ふ側(かは)にあり曹洞派(そうとうは)の禅宗(ぜんしう)にして粂村(くめむら)の永源寺(えいげんじ)に属(ぞく)す
《割書:中興(ちゆうかう)開山(かいさん)は孝山(かうさん)|大舜(たいしゆん)和尚(おしやう)と号(がうす)》 薬師堂(やくしだう)の本尊(ほんそん)薬師(やくし)如来(によらい)は座像(ざざう)三尺 計(ばか)り行基(ぎやうぎ)
大士(たいし)彫造(てうさう)する所(ところ)なりといへり《割書:台座(だいざ)は金(きん)の針金(はりかね)を以(もつ)て造(つく)り極(きわ)めて妙(めう)|巧(かう)なりといへりされど秘仏(ひぶつ)にして容易(やうい)に》
《割書:宝龕(つし)を開(ひら)|く事なし》相伝(あいつた)ふ元弘(げんこう)の頃(ころ)新田(につた)武蔵守(むさしのかみ)義宗公(よしむねこう)数度(すど)の合戦(かつせん)を
企(くはだつ)るといへども家運(かうん)衰(おとろ)へ軍毎(いくさごと)に敗走(はいさう)して家子(いへのこ)郎等(らうとう)数多(あまた)戦死(せんし)す
依(よつ)て義宗公(よしむねこう)此地(このところ)に至(いた)り一 宇(う)の薬師堂(やくしだう)に入(いり)て假時(かり)に僧(そう)となり
忍(しの)びて年月を送(おく)り給ひしかども時運(じうん)再(ふたゝ)びひらくる期(ご)なきを歎(たん)じ
終(つひ)に発心(ほつしん)し給ひ此所(このところ)に草庵(さうあん)を結(むす)び兼(かね)て護持(ごぢ)する所(ところ)の仏体(ぶつたい)を
以(もつて)薬師堂(やくしだう)の本尊(ほんそん)の胎中(たいちゆう)に籠(こ)め法華経(ほけきやう)千部(せんぶ)書写(しよしや)し終(つひ)に
【左丁 絵図】
戸田(とた)
羽黒(はくろ)霊泉(れいせん)
椋(むく)の木(き)の中(ちゆう)
間(かん)控(うつろ)より
霊泉(れいせん)湧(ゆ)
出(しゆつ)す詣人(けいしん)
これを汲得(くみえ)
て病(やまひ)ある
者(もの)服飲(ふくいん)
せしむるに
験(しるし)ありと
て近頃(ちかころ)す
こふる賑(にき)はへり
本草(ほんさう)綱目(かうもく)に
半天河(はんてんか)と
ありて釈名(しやくみやう)
を上池水(しやうちすゐ)と
いふとあり