翻刻
【右丁】
故(ゆゑ)ありて後(のち)こゝに勧請(くわんしやう)なし奉(たてまつ)るとなり
恵比須前(ゑひすまへ)稲荷(いなり)祠 同所/東湊町(ひかしみなとちやう)の南高橋(みなみたかはし)の北詰(きたつめ)人家(しんか)の間(あひた)に
あり《割書:別當(へつたう)は天台宗(てんたいしう)にして|普門院(ふもんゐん)と号(かう)す》昔(むかし)は向井侯(むかゐこう)のやしきにありしか海賊橋(かいそくはし)より
引移(ひきうつ)られし頃(ころ)宮居(みやゐ)を構(かまへ)の外(そと)に出(いた)されしとそ此所(このところ)をゑひすの
宮前(みやまへ)又は蛭子前(えひすまへ)と唱(とな)へはへり《割書:古老云(こらういは)く昔(むかし)此地(このち)より鉄炮洲(てつはうす)築地(つきち)へ|かけて一圓(いちゑん)の海(うみ)なりし頃(ころ)は此所彼所(こゝかしこ)に》
《割書:出洲(てす)のみあり此辺(このあたり)の洲(す)に芝海老(しはえひ)といへるもの多(おほ)く集(あつま)る故(ゆゑ)に漁(きよしん)字(あさな)にえひの洲(す)|と唱(とな)へ其(その)洲崎(すさき)にありし稲荷(いなり)の宮(みや)なるをもて海老洲(えひす)の宮(みや)とのみよひならはせ》
《割書:しか後世(こうせい)誤(あやま)りて蛭子神(ひるこのかみ)に混(こん)し又/夷子(えひす)に轉(てん)しいよ〳〵附會(ふくわい)せしなりとそこの|説(せつ)さもありなんかし》
湊稲荷社(みなといなりのやしろ) 高橋(たかはし)の南詰(みなみつめ)にあり鎮座(ちんさ)の来由(らいゆ)詳(つまひらか)ならす此地(このち)は廻船(くわいせん)
入津(にふしん)の湊(みなと)にして諸国(しよこく)の商舩(あきなひふね)普(あまね)くこゝに運(はこ)ひ碇(いかり)を下(おろ)して此社(このやしろ)の
前(まへ)にて積所(つむところ)の品(しな)を悉(こと〳〵)く問屋(とひや)へ運送(うんさう)す此故(このゆゑ)にや近世(ちかころ)吉田家(よしたけ)
より湊神社(みなとしんしや)の号(かう)を贈(おく)らるゝ當社(たうしや)は南北(なんほく)八丁堀(はつちやうほり)の産土神(うふすな)なり又(また)
此川口(このかはくち)の北(きた)に監舩所(ふなやくしよ)ありて舩(ふね)の出入(ていり)を改(あらため)らる《割書:事跡合考(しせきかつかうに)云(いふ)此祠(このやしろ)昔(むかし)は|八丁/堀(ほり)一丁目の南岸(みなみきし)に》
《割書:ありしか此地(このち)年月を重(かさ)ねて家居(いへゐ)立(たち)つゝき|けれは八丁目の大川(おほかは)はしに遷(うつ)せしとそ》
【左丁】
鉄炮洲(てつはうす) 南北(なんほく)へ凡(およそ)八町はかりもあるへし傳云(つたへいふ)寛永(くわんえい)の頃(ころ)井上(ゐのうへ)稲冨(いなとみ)等(ら)
大筒(おほつゝ)の町見(ちやうけん)を試(こゝろみ)し所(ところ)なりと或(あるひは)此(この)出洲(てす)の形状(きやうしやう)其器(そのき)に似(に)たる故(ゆゑ)の
号(かう)なりともいへり《割書:白石先生(はくせきせんせい)の説(せつ)に此地(このち)は明暦火災後(めいれきくわさいこ)に桑山傳兵衛(くはやまてんひやうへ)某(それかし)を|奉行(ふきやう)として築出(つきいた)されしとなり又/故家(あるいへ)珍蔵(ちんさう)の舊図(きうつ)に新(しん)》
《割書:出洲(てす)と|記(しる)せり》今(いま)は薪(たきゝ)炭(すみ)石抔(いしなと)の問屋(とひや)多(おゝ)く住(ちゆう)せり
打出る月は世界の鉄炮洲玉のやうにて雲をつんぬく《割書:半井| 卜養》
半井卜養翁(なからゐほくやうおう)居宅地(きよたくのち) 同所(とうしよ)明石町(あかしまち)の裏通(うらとほ)りにあり《割書:或人(あるひと)云(いふ)延宝(えんはう)九年|半井卜仙(なからゐほくせん)拝領(はいりやう)屋(や)》
《割書:敷(しき)は父(ちゝ)卜養(ほくやう)の時(とき)賜(たま)はる所なりと云云/寛文(くわんふん)江戸繪圖(えとゑつ)に十間町(しつけんてう)の|西(にし)の裏通(うらとほ)り寒(さむ)さ橋(はし)の東詰(ひかしつめ)の北(きた)の方(かた)川(かは)に傍(そひ)たる角(すみ)に記(しる)してあり》半井卜養翁(なからゐほくやうおう)は
東都(とうと)の御醫官(おんゐくわん)にして牡丹花肖柏(ほたんくわせうはく)の裔孫(えいそん)なり連哥(れんが)およひ
狂歌(きやうか)を能(よく)せらる此地(このち)を賜(たま)はりし頃(ころ)の口(くち)すさみに
卜養は本道とこそ思ひしにうみちをとるは外科か望か
《割書:按(あんする)に江戸砂子(えとすなこ)に卜養(ほくやう)の詠(えい)とすれとも哥意(うたのこゝろ)は他(た)の人(ひと)の詠(よめ)るか如(こと)く不審(ふしん)少(すくな)からす》
了然禅尼(りやうねんせんに)庵室地(あんしつのち) 此地(このところ)に住(すみ)はへりしよし紫(むらさき)の一本(ひともと)といへる草紙(さうし)に
見(み)えたり禅尼(せんに)の行實(きやうしつ)は第(たい)四/巻(くわん)落合泰雲寺(おちあひたいうんし)の条下(てうか)に詳(つまひらか)なり