翻刻
気違て後楯をも致すかと存に付て甚三郎島原
へはゆかすして肥後国は薩摩方へ取寄よき之間
先肥後国へ参薩摩之様子承はられ若大隅守
別心ならは時刻を移さす江戸へ戻られ其様子
を言上致さるへきと思はれて小倉ゟ肥後国之
内川尻といふ所へ参り薩摩之様子色々相尋るゝ
之由聞てさる所に薩摩大隅守煩必定にて以
之外之よし聞るゝ左あるに付ては細川越中守人
数幸ひ天草へ働之間天草并之三角といふ所
は薩摩近き所なれは弥薩摩方之様子聞
届らるべきと思はれけん三角へ細川越中守人数
一所に被参候処に薩摩之作法は国分をして大
将を置る之由なれは皆また口といふ所天草最
寄には山下民部少と云七百計之侍大将請取之甚
三郎三角へ着船と即時に山下民部少見舞に参
り天草近所之島迄薩摩人数をも出し申之間
如何様とも被仰付と迚 上使之甚三郎へ申上る所に
甚三郎申されしは委細念を被入之所尤也乍去甚
三郎何とか思けん薩摩人数をは薩摩地へ可被
引取候若人数も入に於ては重而其辺迄可申越と返