キリシタン関連史料を翻刻

コレクション: コレクション1

切支丹御退治記 49巻. [3] - 翻刻

切支丹御退治記 49巻. [3] - ページ 42

ページ: 42

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 気違て後楯をも致すかと存に付て甚三郎島原  へはゆかすして肥後国は薩摩方へ取寄よき之間  先肥後国へ参薩摩之様子承はられ若大隅守  別心ならは時刻を移さす江戸へ戻られ其様子  を言上致さるへきと思はれて小倉ゟ肥後国之  内川尻といふ所へ参り薩摩之様子色々相尋るゝ  之由聞てさる所に薩摩大隅守煩必定にて以  之外之よし聞るゝ左あるに付ては細川越中守人  数幸ひ天草へ働之間天草并之三角といふ所  は薩摩近き所なれは弥薩摩方之様子聞  届らるべきと思はれけん三角へ細川越中守人数  一所に被参候処に薩摩之作法は国分をして大  将を置る之由なれは皆また口といふ所天草最  寄には山下民部少と云七百計之侍大将請取之甚  三郎三角へ着船と即時に山下民部少見舞に参  り天草近所之島迄薩摩人数をも出し申之間  如何様とも被仰付と迚 上使之甚三郎へ申上る所に  甚三郎申されしは委細念を被入之所尤也乍去甚  三郎何とか思けん薩摩人数をは薩摩地へ可被  引取候若人数も入に於ては重而其辺迄可申越と返