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翻刻
アメリカミンストル
公儀へ申候由之写
亥六月十九日異国軍艦より被差出候書翰
大意
異国之士官ヲ生麦ニおゐて殺害致候嶋津
三郎幷一族之者を不残召捕異人立合之上
ニ而首級ヲ刎候様致度此儀日本政府之御
戒政簿として御所置難被成候はゝ賞金と
して十万ポンドステリンク《割書:日本三十万両|ニアタル》
を政府より御指出可有之其旨ニ而薩州鹿
児島に廻り島津家ゟ殺害ニ逢候妻子養育
料として三万トルラルヲ請取可申者相拒
み候はゝ戦争ニ及へく候間日本政府ゟ重
役壱人儉使として【「候はゝ」を見せ消ち】是非共ニ異国軍艦へ
乗組候儀相願度存候
右は十九日ゟ廿日廿四日《割書:此廿四日は本国|政府之命ニ無之》
《割書:全船頼猶予之由》之間ニ御返答被下度猶予
之刻限《割書:此刻限来ル三月|九日ニ当ル》相過候はゝ即刻軍
艦を廻し大坂始メ長崎箱館其外之諸湊ニ
至ル迄出入之船を奪且江戸焼払候趣是は