茨城大学図書館所蔵資料を翻刻

コレクション: 大高氏記録

巻10 文久三みずのと亥年日記帳 - 翻刻

巻10 文久三みずのと亥年日記帳 - ページ 29

ページ: 29

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   之候ニ付繾立急々ニは出来兼右之趣を    問屋役人等申候へは打たゝかれ候ニ付    問屋村役人等宿々とも逃居候而懸合も    出来不申候今月十日は大雨ニ候所女中    抔往還え駕籠ニ乗候まゝニ而置ばなし    ニ致人足ともは皆逃帰候よし逃不申候    へは何方迄も繾立ニ不構連れ行候よし    和田宿より江戸迄之間は殊之外大騒之    よし    京都ニ而の風説は黒田鍋島細川会津え    御打払之義 御相談有之候所右御答は    日本国中之諸大名一ちいたし候上ニ候    へは御打払ニ而可然一ち不致候而は御    打払之諸は如何可有之候やと申候よし    京都は米両五斗七八升    京都ニ而十八九人之もの生首を提通り    候を会津様ニ而召捕候よし京都談判至    極よ宜敷とのはなし    諸糸百六拾目ニて百斤ニ付横浜ニ而ト