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一高千百三拾六石九斗八升五合 《場所:瀬川村》
一高三百五拾壱石九斗壱升七合 《場所:富沢村》
一高弐千三百五拾七石三斗三升四合 《場所:寺林村》
一高六百拾弐石弐斗九升七合 《場所:好地村》
一高拾七石九斗三升九合 《場所:石鳥屋村》
一高千百九石六斗九升九合 《場所:八幡村》
一高三百四石七斗八升四合 《場所:小森林村》
一高百三拾壱石八斗七升四合 《場所:西中島村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは瀬川村は大瀬川村である。高は1169.290でここの高とは違う。角川日本地名大辞典の大瀬川村(近世)の項に『「天保郷帳」には瀬川村と見え1,136石余』とある。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは富沢村の高は378.426でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは寺林村は中寺林村(815.708)と北寺林村(958.070)と南寺林村(908.349)の3か所に分けて書かれている。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは好地村の高は715.087でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには石鳥屋村は無い。日本歴史地名大系の『石鳥谷村』の解説によると『本来は好地村の内』とある。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは八幡村の高は1141.654でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは小森林村の高は324.486でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは西中島村の高は142.631でここの高とは違う。】