翻刻
《場所:岩手郡》
一高弐千六百四拾九石五斗三升弐合 《場所:向中野村》
一高弐千五百八拾八石壱升八合 《場所:大田村》
一高千百弐拾壱石三升七合 《場所:鹿妻村》
一高三百九拾六石六斗壱升三合 《場所:伊去村》
一高八百五拾八石七升六谷 《場所:大釜村》
一高千七百弐拾八石八斗六升 《場所:栗屋川村》
一高六百五拾壱石九斗六升五合 《場所:篠木村》
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは岩手郡は厳手郡と書かれ陸中国に属する。明治・大正期、厳手郡とも書かれたが1923年岩手郡が正式名称となった。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大田村は太田村と書かれ、上太田村(2122.458)と中太田村(817.896)と下太田村(972.111)の3か所に分けて書かれている。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは鹿妻村は上鹿妻村(1073.503)と下鹿妻村(499.487)の2か所に分けて書かれている。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは伊去村は猪去村で高は782.273でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大釜村の高は948.796でここの高とは違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは栗屋川村は厨川村で上厨川村(914.819)と下厨川村(1736.153)の2か所に分けて書かれている。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは篠木村の高は709.672でここの高とは違う。】