天保郷帳を翻刻!

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陸奥国郷帳 6 - 翻刻

陸奥国郷帳 6 - ページ 23

ページ: 23

翻刻

   《場所:岩手郡》 一高弐千六百四拾九石五斗三升弐合 《場所:向中野村》 一高弐千五百八拾八石壱升八合   《場所:大田村》 一高千百弐拾壱石三升七合     《場所:鹿妻村》 一高三百九拾六石六斗壱升三合   《場所:伊去村》 一高八百五拾八石七升六谷     《場所:大釜村》 一高千七百弐拾八石八斗六升    《場所:栗屋川村》 一高六百五拾壱石九斗六升五合   《場所:篠木村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは岩手郡は厳手郡と書かれ陸中国に属する。明治・大正期、厳手郡とも書かれたが1923年岩手郡が正式名称となった。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大田村は太田村と書かれ、上太田村(2122.458)と中太田村(817.896)と下太田村(972.111)の3か所に分けて書かれている。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは鹿妻村は上鹿妻村(1073.503)と下鹿妻村(499.487)の2か所に分けて書かれている。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは伊去村は猪去村で高は782.273でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大釜村の高は948.796でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは栗屋川村は厨川村で上厨川村(914.819)と下厨川村(1736.153)の2か所に分けて書かれている。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは篠木村の高は709.672でここの高とは違う。】