天保郷帳を翻刻!

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陸奥国郷帳 6 - 翻刻

陸奥国郷帳 6 - ページ 29

ページ: 29

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一高弐百拾五石七斗弐升五合  《場所:浅岸村》 一高三百九拾八石七斗九升   《場所:新城村》 一高弐百四石九斗弐升五合   《場所:志家村》 一高九百弐拾壱石七斗九升八合 《場所:中野村》 一高百七拾九石六斗五升八合  《場所:安庭村》 一高弐百九石八升六合     《場所:門村》 一高弐百拾六石七斗弐升四合  《場所:簗川村》 一高弐拾三石四合       《場所:橋場村》 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは浅岸村の高は235.261でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは新城村は新庄村で高は302.242でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは志家村の高は192.942でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは中野村は東中野村と見える。高は694.735でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには安庭村はなく東安庭村(275.035)と西安庭村(1064.912)がある。明治4年、岩手郡には同名の安庭村が2か所あり、区別するためにここの安庭村は東安庭村と改名した。もう一方の安庭村は西安庭村と改名。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは門村の高は249.241でここの高とは違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは簗川村の高はで24.471ここの高と大きく違う。両者の高に違いがありすぎるが、角川日本地名大辞典の簗川村(近世)の項でも同じ高を記している】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは橋場村の高は76.844でここの高とは違う。】