天保郷帳を翻刻!

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陸奥国郷帳 6 - 翻刻

陸奥国郷帳 6 - ページ 46

ページ: 46

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一高九拾六名三斗弐升九合   《場所:尾干要村》 一高七拾石三斗三升七合    《場所:沼袋村》 一高弐百五拾弐石弐斗七升三合 《場所:普代村》 一高百七拾弐石四斗八合    《場所:安家村》 一高拾六石九斗三升六合    《場所:赤羽根村》 一高六拾六石六斗七升八合   《場所:平田村》 一高弐拾五石八斗九升壱合   《場所:新屋村》  小以高弐万六千七百弐拾五石弐斗壱升 【尾干要は現在の表記では尾肝要(おかんよう)で下閉伊郡田野畑村にある。歴博の旧高旧領取調帳データベースには尾干要村はない。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは沼袋村の高は181.694でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは普代村の高は100.368でここの高と違う。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは安家村の高は172.408でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには赤羽根村はない。角川日本地名大辞典の岩手県遠野市の赤羽根村(近世)の項に『「旧高旧領」や明治初年の資料には村名が見えず,江戸末期までには細越村のうちに含まれるようになったものと考えられる』とある。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは平田村の高は66.678でここの高とぴったり一致する。】 【歴博の旧高旧領取調帳データベースには新屋村はない。角川日本地名大辞典の岩手県遠野市の新屋村(近世)の項に『「旧高旧領」や明治初年の資料には村名が見えず,江戸末期までには小友村のうちに含まれるようになったものと考えられる』とある。】