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一高弐百四石四斗九升五合 《場所:洞内村》
一高百七拾壱石弐升八合 《場所:鳥屋部村》
一高八百弐拾八石弐斗壱升八合 《場所:七戸村》
一高三百五拾四石八斗七升六合 《場所:新館村》
一高六百八拾六石七斗壱升 《場所:大浦村》
一高三百九拾壱石弐斗弐升九合 《場所:花松村》
一高弐百弐拾弐石七斗七升六合 《場所:馬洗場村》
一高百三拾三石九斗六升八合 《場所:板橋村》
【歴博の旧高旧領取調帳デー タベースでは洞内村の高は403.635でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには北郡に鳥屋部村は無い。角川日本地名大辞典によると青森県天間林村の天魔館村(近世)の項にこの村の中に鳥屋部村があったことが記されている。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは七戸村の高は1643.841でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは新館村の高は235.837でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは大浦村の高は816.523でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは花松村の高は21.500でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースでは馬洗場村の高は28.116でここの高と違う。】
【歴博の旧高旧領取調帳データベースには板橋村はない。角川日本地名大辞典の青森県東北町の板橋村(近世)の項に『幕府に対しては板橋村として届けられていたが,藩領内では甲地村として把握されていたのであろう』とある。甲地村はありそこの高は497.805である。】