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日々 新聞 第廿号
大阪府下舩越町に接骨(ほねつぎ)を業(ぎよう)とする松本
あいと号(いふ)一婦人(おんな)あり心に柔術(やわら)のたしなみ
あれど二十六年にて容貌(ようぼう) 美(び)なるに
其勇かくるゝ 明治八年第一月
の初 近傍(きんぼふ)の女子一人を
連立(つれた)ち長柄堤(ながえつゝみ)を
通るに川風寒き黄(ゆふ)
昏(ぐれ)に四人の荒男(あらおとこ) 跳(おど)りかゝり 二女をとらへて
戯(たはむる)るにはじめは弱(よわ)く云のがれしに不作法(ぶさほう) 次第(しだい)に
強(つよ)うなり二人を倒(こか)し上へ乗(のり)たる有りさま松本あいは最(も)
早免して置べきかと四人の男を一人にて馴(はね)のけ蹴散(けちら)し
手練(しゆれん)の早業川へざんぶと投(なぐ)るもあり悪党はこれに
恐れ皆々(みな〳〵)是はと一同に跡白浪(あとしらなみ)の川 岸(ぎし)を灰(はい)まくごと如く
迯散(にげちり)【逃の異体字】たり 元此いかなる人の果(はて)やらん父は剣法(けんはう) 柔術(にうじゆつ)に定めて名を
得し人柱も長柄の橋のあと絶(たへ)て娘の勇気(ゆうき)が匡(かたみ)かと感(かん)せぬ
人はなかりけり
花源堂誌
小信改二代
貞信画
綿政板