翻刻
任(まか)せ。成功(せいこう)の上は三千 貫(くわん)の菜地(さいち)を与(あたへ)んとの墨附(すみつき)並(ならび)に師直(もろなふ)が添状(そへしやう)を使者(しゝや)
に与(あた)へければ。使者(しゝや)立帰(たちかへつ)て大島に渡(わた)しぬ。大島 是(これ)を懐中(くわいちう)し潜(ひそか)に千剱破(ちはや)に
いたり。八幡林(やはたはやし)に対面(たいめん)し。世(よ)の動静(どうせい)に事(こと)よせ。南北両朝(なんぼくりやうてう)の時勢(じせい)を語(かた)り。吉太(きつだ)が
心庭(しんてい)を探(さぐ)らんとす。吉太(きつだ)景舎(かけいへ)心利(こゝろきき)たる者なれば。早(はや)く大島か心術(しんじゆつ)をさとり
扨(さて)は此者(このもの)南朝(なんてう)を叛(そむ)く心ありと思ひければ。佯(わざ)と眉(まゆ)を皺(ひそ)め。我(われ)倩(つら〳〵)当時(たうじ)の時務(しむ)
を考(かんがふ)るに北朝(ほくてう)は日(ひ)を追(おつ)て勢(いきほ)ひ強大(きやうだい)となり。諭(たとへ)ば旭(あさひ)の登(のぼ)るが如(こと)く。南朝(なんてう)は月(つき)
を重(かさ)ねて勢(いきほ)ひ微々(びゝ)たる事。傾(かたむ)く月(つき)に似(に)たり。とても久しく北朝(ほくてう)に拒敵(てきたい)せん
事(こと)能(あた)はじ。御辺(ごへん)如何(いかゞ)思(おも)ひ給ふやと。実(まこと)しやかに語(かた)るにぞ。大島 仕(し)すましたりと
悦(よろこ)び。人を□【はヵ】らひ声をひそめ。御辺(こへん)如斯(かくごとく)高(たか)き見識(けんしき)有(あり)ながら。あたら智能(ちのふ)を
抱(いだ)き。猶(なを)微々(びゝ)たる南朝(なんてう)に属(ぞく)し。区々(くゝ)として自(みづか)ら亡滅(ほうめつ)の時(とき)を待(まち)給ふやと問(とふ)
吉太(きつだ)額(ひたへ)を撫(なで)て曰(いはく)。我(われ)兼(かね)て南朝(なんてう)の公家原(くげばら)が。貪欲(とんよく)不義(ふぎ)なるを憎(にく)み。北朝(ほくてう)に
降(くだ)らんと思(おも)へども。さすか楠家(なんけ)の恩義(おんぎ)も捨(すて)がたく。又 弱(よはき)を捨(すて)□【てヵ】強(つよき)に降(くだ)らんも